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無能才女は悪女になりたい~義妹の身代わりで嫁いだ令嬢、公爵様の溺愛に気づかない~(WEB版)  作者: 一分咲
二章

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閑話・テレーザ・パンネッラ

「ねえあなた、ここで働くようになって何年目なの?」

「さ……三年目でございます」

「ふぅん。好色家の老いぼれ公爵様の愛人に昇格するチャンスはなかったのかしら?」

「ま、まさか、私ごときがそんな恐れ多く」

「あらそうですわよね。変なことを聞いてごめんなさい」


 怯えた表情の侍女を前に、テレーザ・パンネッラはにっこりと笑みを浮かべた。すると侍女はほっと息を吐いて部屋を出ていく。


 それを見送りながら、テレーザはまた表情を意地の悪いものに戻した。


「……ここでの生活は退屈ね。あの老いぼれ公爵をおだててチヤホヤして贅沢な生活ができるのはよかったけれど、自分を偽らないといけないんだもの。周りの妾たちは皆上品な方ばかりだし、トラブルもなくて張り合いがないわ」


 そう呟くと、小さな部屋のようになっているクローゼットの扉を開ける。そこにはたくさんのドレスと装飾品が並んでいた。


 先日、テレーザはエイヴリルにそれらを前公爵からの贈り物だと紹介したが、実際にはほとんどが実家・パンネッラ男爵家から持ち込まれたものだった。


 その中の一つ、大きなエメラルドの石がついた指輪を手に取ると、明かりにかざして覗き込む。


「大旦那様も贈り物はくださるけれど、さすがにこんなにたくさん妾がいたんじゃ一人一人の予算は限られたものになるわよね。大体にして、あの好きものジジイは誰に何を贈ったかなんて憶えていないでしょう」


 テレーザがここに来たのは父親に売られたからだ。いや、表向きは前公爵に見初められて愛人として囲われたことになっているが、実際は違う。


「お父様は私をあの老いぼれ公爵に売り飛ばしたのよ。娘が三人もいるんだもの。割を食うのはいつだって末っ子の私だったわ」


 パンネッラ男爵家は隣国の末端貴族だ。貴族とは名ばかりのもので生活は苦しく、平民とそんなに変わらない――それがテレーザが幼い頃の記憶だ。


 一番上の姉は二十歳年上の商人と政略結婚をさせられ、二番目の姉は裕福な子爵家の三人目の妻として嫁いだ。その後、パンネッラ男爵家の生活水準は飛躍的に上がった。


 けれど姉二人の結婚相手を見ていたため、三番目の自分はどうなるのかという不安は隠せない。怯えて暮らしていたところ、ある日いつもとは違う布面積が広めのドレスを着せられた。


 髪型もぐるんぐるんの縦ロールに巻いていたところを、清楚系の緩やかなカールに直された。おまけに化粧も地味なものにされて一体何なのだと思っていたところ、やってきたのが当時のランチェスター公爵だった。


 それからはテレーザの意思など考慮されることは一切なかった。あっという間に愛人として迎え入れられることが決まり、パンネッラ男爵家には多額の現金が支払われた。


 テレーザが実家に幻滅したのはそれだけではない。実家を出るにあたって、驚愕の事実を知らされたのだ。


(……ある時期を境に家が裕福になったのは、お姉さまたちが嫁いだからではなく、パンネッラ男爵家が麻薬取引に手を染めたからだなんてね)


 パンネッラ男爵家は家を出るテレーザに対し、隣国での麻薬売買の仲介人になるように命じた。テレーザを『好色家の老いぼれ公爵閣下』に売り飛ばした目的はお金ではなく、地位が高い人間の愛人という立場を利用してさらに取引を広げるためだったのだ。


(あの好きもの公爵は事実を知らないけど……私はもうこんな暮らしはこりごりよ。お父様に捜査の手が伸びたみたいだし、私はもうこの取引に関わらない。老いぼれの愛人も終わりにするの)


 そう思っていたところで領地入りしたのがディランだった。あのジジイの息子だ。しょうもないお坊ちゃんが公爵位についているのかと思えば、どうやら違うらしい。


 使用人たちの噂によると、ディラン・ランチェスターは父親とは真逆の性格をしているということだった。女性にはあまり興味を示さず、愛人はおろか恋人の話を聞いたこともないのだとか。それが、先日ひとりの令嬢との結婚を決めて領地入りしたのだという。


 どうせならそちらの愛人になりたい、と考えたテレーザがちらりと母屋を覗きに行くと、スラリとした美貌の若い青年がいた。


 愛人がよりどりみどりの離れに顔を出さないところを見ると、彼とお近づきになるにはこの離れの住人であってはいけないようだった。ちなみに、彼の婚約者であるという悪女はどうしても見当たらなかった。


「皆の話を聞くと、彼は悪女がお好きなのでしょう。だったら、私が適任ではなくって?」


 愛人として自分を囲う前公爵に心の中で悪態をつきつつ、麻薬取引の手引きまでできる悪女にディランが興味を示さないはずがない。


「公爵様の婚約者がどんな悪女なのかは知らないけれど、私にだって勝ち目はあるはずだわ」


 そうして、隠し扉になっているクローゼットの奥の棚が施錠されていることを確認する。手に握りしめた指輪は、先日新人の洗濯メイドに見せたものだ。


 この屋敷の一員になって日が浅いあのメイドには悪いが、信頼を得ていない彼女は濡れ衣を着せるのに適任だ。離れを出て母屋へ行くための布石に違いなかった。




 ――“彼女”の正体を知らないテレーザにとっては、だったけれど。


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