25.綺麗な方がたくさんいます
グレイスの手を引いたエイヴリルは離れの『クラリッサ』の部屋へ行くとメイド服に着替えた。そして洗濯室に顔を出す。
「ジェセニアさん、お待たせしました」
「あら! クラリッサ、一体どこ行ってたのよ!? 朝、食事を取り損ねるわよって呼びに行ったのにいないんだもの」
「申し訳ございません」
今日は間違った名前を呼ばれても訂正しない。『エイヴリル』だとばれたら困るからだ。頭を下げればジェセニアはすぐにカゴを押し付けてくる。
「ほら、これから各部屋にシーツを回収しに回るわよ!……ってうしろの人は誰? 見ない顔だけど」
ジェセニアの質問を受けて、エイヴリルの後ろからグレイスがスッと顔を出した。
「……グレイスと申します。母屋の新人メイドです。噂を伺った旦那様が、こちらの……クラリッサさんの下について勉強するようにと」
「ふうん。母屋の新人メイドがねえ……あ、わかった、向こうはディラン様と悪女の婚約者がいるから怒らせないようにこっちに寄越されたのね? でも他のメイドに会っても自己紹介は名前だけにした方がいいわ。あたしは母屋とか離れとかそんなの気にしないけど」
「かしこまりました」
グレイスはクールに応じているが、ここへくるまでには紆余曲折あった。どうしてもエイヴリルを行かせたくないグレイスと、どうしても潜入したいエイヴリル。
ぐいぐいと手を引いて離れへと道連れにしながらなんとか練り上げたのがこの設定だった。グレイスが一緒なら、問題ないだろう。
(この離れは王都のタウンハウスと同じように、まるで宮殿のような造りですね)
ついつい白亜の城に見惚れてしまうが、今日のエイヴリルは新人メイドなのだ。ぼうっとしているわけにはいかなかった。
早足のジェセニアについて階段を駆け上がる。どうやら二階にはたくさんの部屋があるようだ。それぞれの扉が配置された間隔から、部屋の中はかなりの広さだということが想像できる。
ジェセニアがある扉をノックすると、少しの間をおいて美しい女性が現れた。
「シーツの交換ね。ご苦労様、ってあら、どなた……?」
「こちらは新人メイドのクラリッサとグレイスです。こう見えてなかなか優秀なんですよ」
おっとりと答える女性に応じながら、ジェセニアは素早く奥の部屋へ行きベッドからシーツを引き剥がしていく。
「ほらクラリッサ、カゴ!」
「はい、こちらに」
(ジェセニアさん、さすがです。シーツを回収するのがなんて速いのでしょうか……!)
負けてはいられないとエイヴリルも一歩踏み出したところで、部屋の主に肩を叩かれる。
「私はルーシーですわ。ここで暮らす人間は頻繁に変わるから、皆の名前を覚えられるように頑張ってね」
おっとりと微笑む彼女はウエーブのついたブロンドヘアをアップにしているのだろう。ひとつだけ落ちている後れ毛の毛先が曲線を描いていて美しい。エイヴリルより十歳ほどは歳上に見えるが、薄化粧のせいかあどけなく見えた。
(清楚な方ですね。まさに、ルーシー様のようなお方が大旦那様の好みなのでしょう)
「ありがとうございます、ルーシー様。精一杯お仕えいたします」
エイヴリルが淑女の礼で応じれば、ルーシーはハッと驚くように眉を顰めた。
「……あら、あなた、貴族出身の新人メイドなのね。ということは働きに出るのもこの街に来るのも初めて?」
「はい、その通りにございます」
「でしたら、港町へお使いに行く時は一人で行ってはいけませんわ。最近は特によからぬ方々が出入りをしているみたいだから、あなたのようなお嬢様っぽい雰囲気の子は危ないの」
「かしこまりました……?」
(? この町に到着した日、ディラン様もほとんど同じことをおっしゃっていました。何かあるのでしょうか)
首を傾げたものの、それ以上聞くことはできなかった。張り切って洗濯物を回収していくジェセニアに「さぁ! 次へ行くわよ!」と連れ出されたからである。
三人はそうやっていくつもの部屋を回った。ノックをした扉の先、顔を覗かせるのは決まって清楚系の美女である。
どの部屋も豪華でたくさんの贈り物が飾られていて、ジェセニアが「大旦那様のお手つきになれば優雅に暮らせる」と言っていたのは本当なのだとわかった。
(ディラン様が管理をされているのですから、借金が原因で没落したアリンガム伯爵家のような金銭面の心配はないのでしょう。しかし)
意見を求められるまでは出過ぎたまねだとは思う。けれど、エイヴリルは未知の世界に唖然とするばかりだし、そろそろ想像力の限界を迎えていた。
(前公爵様は、こんなにお金と手間をかけて女性をお世話して一体どうしたいのでしょうか……?)
「クラリッサ、どうしたの? ここで最後よ」
「!」
ぼうっとしているとジェセニアに顔を覗き込まれた。気がつくと廊下の端まで来ていて、目の前には茶色い扉がある。
「いい? このお部屋の方は最近入られたばかりなの。少し気難しくて大変だけど、一番若くて大旦那様のお気に入りよ。失礼がないようにね」
(もしかして)
心当たりに、聞いてみる。
「こちらのお部屋の方のお名前は?」
「テレーザ・パンネッラ様。隣国の男爵家から来たのですって」
「……!」
(テレーザ・パンネッラ嬢。先日の仮面舞踏会で回収したリストに載っていた隣国のパンネッラ男爵家のご令嬢ですね。今回の調査対象のお方です)





