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無能才女は悪女になりたい~義妹の身代わりで嫁いだ令嬢、公爵様の溺愛に気づかない~(WEB版)  作者: 一分咲
二章

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21.間違われましたがとても勉強になっています

「今日はこのピローケースを洗えば終わりなのよ。でもね、洗濯メイド長のこの私をもってしてもなかなかの困難さで! 石鹸でも臭いがとれないから、こすり洗いをした後熱湯につけておいたんだけど、どうかしら」


 洗い桶をのぞき込んでいるジェセニアの隣にしゃがみこみ、エイヴリルも桶を見てみる。


「臭いがとれない、ってどんな臭いでしょうか?」

「これはね、大旦那様のピローケースなのよ。毎回苦労するの」


(なるほど)


 これ以上の説明はいらないだろう。すんなり察したエイヴリルは聞いてみる。


「重曹は試されましたか?」

「重曹って厨房でつかうあれ? 何言ってんのよ。今は洗濯なの。お菓子を焼くわけじゃないのよ?」


「もちろん承知しております。ですが、重曹は脱臭にも使えるんです。私もお洗濯のときにはよく厨房から拝借を」

「へーえ。没落した貴族のお嬢さんって本当に苦労しているのね。社交界では絶対に必要のない変な知識ばっかり増えちゃって、同情するわ」

「……」


 それはもう本当にそうだと思う。



 わずか数分後、ジェセニアは厨房から重曹をとってきた。馬鹿にしつつも一応は試してみてくれるらしい。


 お湯に溶かしてピローケースを浸けておくと、なんだかいい感じに洗い上がった。


 それを、裏庭に張ってあるロープに吊るして干す。アリンガム伯爵家でもよくこなしてきた、なつかしい洗濯の光景だった。


 風にヒラヒラとゆれるピローケースを見ながら、ジェセニアは満足げである。


「すごいわ。なんか、黄色かった布が真っ白……」

「匂いに関しては乾いてみないとまだわかりませんが、期待は大きいですね!」


(予想外のお誘いでしたが、お役に立ててよかったです)


 自分の役目は終わった。ではこれで失礼しますと丁寧なお辞儀をし、帰ろうとしたところでまたがしっと手を掴まれた。


「どこへ行くのよ? 仕事の後はお茶でしょう? やあねえ。あんたが新入りだからって仲間外れにしないでちゃんと誘ってあげるわよ!?」

「いえ、実は私はエイヴリル・アリンガムと申しまして」


「それにしても、クラリッサはずいぶん慣れてるわねえ。貴族のお家からここに連れて来られる子たちは、皆大旦那様に取り入ることしか考えてないから、こんなふうに真面目に仕事するなんて意外だわ」

「いえ私の名前は」

「早く行きましょう。お茶のために沸かした熱湯がなくなっちゃうわ!」


 ジェセニアは本当に思い込みの激しいタイプのようである。エイヴリルが名乗ったのを完全に聞き流してぐいぐい休憩室へと案内してくれる。


(困りました……ですがジェセニアさん、新人のメイドがなじみやすいように気遣いをしてくださっているのですね。公爵家で働く方はやはりさすがです)


 思い込みに関しては、エイヴリルの方も相当なものだった。




 メイドたち用の休憩室は一階の奥、厨房の隣にあった。王都のタウンハウス同様、母屋と別棟で働く使用人が分けられているところを見ると、休憩室すらもたくさんあるのだろう。


「あら、その子例の新人? 没落した家から放り出されたお嬢様っていう」

「そうなの。こう見えてなかなか悪くないのよ」


「はじめまして。どうぞよろしくお願いいたします」


 先に休憩室でお茶をしていたメイドたちがエイヴリルに声をかけてくれる。ついつい流れで挨拶をしてしまい、目の前にお茶が置かれたところでその話題がはじまった。


「……で、見た!? ディラン様……新しい旦那様の婚約者!」

「見てないのよぉ。でも、部屋から消えたって母屋の方が大騒ぎみたいよ?」


「!?」


 お茶をふきだすすんでのところで堪えられてよかった。


(これは、間違いなく私に関する話題ですね)


 しかし、どうしましょうと瞬きをはじめたエイヴリルに、メイドたちの誰一人として気が付くことなく会話は進んでいく。


「とんでもない悪女っていう噂よね」

「部屋から消えていったい何をしているのかしらねえ。こんな辺境の地では王都みたいな遊びはないでしょうし」

「でも見つけたとしても放っておかなきゃ。そんなのと関わったって知られたら、ここでの私たちの立場が危ういもの」

「そうね、それがいい」


(どうしましょう……折を見てもう一度名乗りたいと思っていたのですが)


 これでは無理だった。つまり、エイヴリルはこのまますんとした顔でお茶を飲み続けるしかない。


「でもさぁ、ちょっと憧れない? 有名な悪女ってことは、大旦那様なんてまなざしひとつで撃退するのよ?」

「母屋のメイドも悪女になるコツを教わりたいと言っていたわ」

「みんな切実よねえ。ここは条件がいいけど、大旦那様に気に入られてしまったら大変だもの」


「だけど私、ディラン様を見直したわ。ただ綺麗な顔をしたお坊ちゃんだと思っていたけど、大旦那様とは違うタイプの女性が好みなんだなって。大人しい清楚なお嬢様よりも刺激的な悪女が好きなんてギャップがちょっとよくない?」

「「「わかるーーー!」」」


 休憩室のメイドたちはどんどん盛り上がっていく。一方で、エイヴリルは自分に求められる役割を分析していた。


(つまり、皆さん私が噂通りの悪女であることを期待されているのでしょうか。ディラン様の評判を保ちつつ、大旦那様に嫌われるためには悪女でないといけないということでは……!?)


 当然ほかの選択肢も間違いなくたくさんあるのだが、今のエイヴリルにはそれしか頭になかった。


(ちょっと信じられませんが、捨て置くことはできません。だって、こういうメイドの皆様がお持ちの情報こそ真実なことが多いんだもの)


 そんなことを考えながら、エイヴリルはメイドキャップをきゅっと引っ張ったのだった。


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