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無能才女は悪女になりたい~義妹の身代わりで嫁いだ令嬢、公爵様の溺愛に気づかない~(WEB版)  作者: 一分咲
二章

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14.悪女なので鍵を開けます

「は、はぁ」


 要望の内容が意外すぎたらしい執事は間の抜けた声を出した。


(確かに、顧客名簿を持ってこいだなんて、おかしいと思うはずです。でも狙いはほかにあるからいいのです)


 エイヴリルは開き直り、仁王立ちをして高飛車に言い放つ。


「いいから、すぐに顧客名簿を持ってくるの。そこから私は次にお世話になる方を決めるんだから、早くなさい?」

「お世話になる方? つまり、あなたは悪女なのに奉公先でもお探しだと……?」

「えっ」


 お手本を思い浮かべ、それっぽく振る舞えはしたものの、会話の内容がついていかなかった。しまった、と思ったものの、幸いなことに執事は田舎町の悪女を前にぽかんとしている。


 そこへ天の助け、ディランが冷徹さを感じさせる声で言った。


「この通りうちの姫が顧客名簿をご所望だ。見た目通り、彼女はとんでもない悪女でね。機嫌を損ねると面倒なことになると思うが」

「ハッ。さ、さようで。確認してまいりますのでそのままお待ちください」


「いい? “こ、この私を待たせるんじゃなくってよ”!」

「!? かしこまりました……?」


 仕上げに、実家にいた頃よくコリンナから投げつけられていた言葉を口にすれば、執事はヒエッと悲鳴をあげた後、心底不思議そうな顔をして走り出した。


 仮面あってよかった。なんとか執事撃退に成功したようである。安堵の息をつくと、笑いを堪えきれないクリスが褒めてくれる。


「今日は随分悪女っぽいですね?」

「しっかり勉強してきましたから」


 実は、この仮面舞踏会に参加するにあたり特訓したのはダンスだけではないのだ。


(悪女が活躍する推理小説で予習はばっちりなのです)


 満足感に包まれたところで、ディランに手を掴まれた。


「エイヴリルの機転で窮地は脱したが、あの執事はすぐに戻ってくるだろう。顧客リストは喉から手が出るほどほしいが諦めよう。早くこの屋敷から脱出を」

「……ですが」


(今リストのお話をした時、あの執事は左上に目を彷徨わせました。つまり、心理学的な面から考察するとこのフロアに顧客リストがあるはずです。そして、重要な書類は急激な環境の変化がない場所に保管されていることが多い……)


「ディラン様、脱出するのはそこのお部屋にお邪魔してからでいいでしょうか?」


 エイヴリルはそう口にすると同時にお目当ての扉に手をかける。


(私の予想が合っていれば、ここに不正取引と麻薬取引に関わるリストがある気がします)


 がくん、と手応えがあった。部屋の扉に鍵がかかっているのだ。


「やはり。このフロアは来客をもてなすことを前提としてつくられ、他の扉は空室を示すために開け放たれているのに、なぜか鍵がかかっていますわ。このお部屋は位置的に温度変化が少なく書類の保管にも適しているのでしょう。今鍵を開けます」

「今鍵を開ける、ってどうやって?」

「こうしてですわ」


 エイヴリルはおっとりと微笑むと自分の頭からヘアピンを一本取り、器用に曲げて鍵穴に差し込んだ。そうしてカチャカチャと動かす。


 静かな廊下に沈黙が満ちる。それは鈍いエイヴリルにもわかる。二人から怪しい目で見られているのだ。気まずくて、何となく弁解してしまう。


「えっと、実は、私はピッキングにハマっていたことがありまして、」

「「…………」」


 ディランとクリスが揃って遠い目をしたのは気のせいだろう。ものの数秒で部屋の鍵は開き、三人はその部屋に忍び込む。


 そこは一見すると普通の書斎のようだった。けれど、ひどく散らかった書斎である。執務机の上はもちろん、床にまで書類が積み重なっている。


「……エイヴリルをただの妻にしておいていいのだろうか、私は……」

「実際、ローレンスさんがめちゃくちゃ興味示してますよね。たぶん特命部隊として使いたいと思ってそうですけど」

「それ、俺はどんなに頼みこまれても断るからな……」


 ディランとクリスのやりとりを聞きながら、エイヴリルは書類の山を見渡す。


(木を隠すなら森の中、というのもありますが……。自分のお屋敷でこんなパーティーを開いているぐらいですもの。顧客の情報なんてそこまで重要に思っていないのでしょう。こういう話には同類が群がります。証拠を隠すのが大変なら、燃やして新たな顧客が集まるのを待てばいいだけの話ですから)


 埃っぽいその中に、一つだけ埃がついていない山があるのを見つけた。


(……ありました……!)


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