53.浅はかな悪女は考える
ディラン・ランチェスターとエイヴリル・アリンガムが結婚式を挙げるという噂は、アリンガム伯爵家がある田舎町にも知れ渡っていた。
これまで謎に包まれていた若き公爵と悪女と名高い奔放な令嬢の結婚。皆の興味を引くのは当然のことである。
それが面白くないコリンナは、豪華な調度品が消え失せたサロンで人目を気にせずに毒づく。
「ねえ。エイヴリルの結婚式に私が招待されていないってどういうことなの? あの子、生意気なのよ! お父様、すぐに連絡をとって私にも招待状を送るように言ってくださいな」
「コリンナ。今うちはそれどころじゃないんだ。この殺風景な部屋を見てもわかるだろう。正直なところ、今度の結婚式のために王都へ赴くのすら辛い。お前まで連れて行く余裕がない」
「お父様とお母様が王都に行くのに、私はお留守番ってこと!? そんなの絶対に嫌よ」
「それならリンドバーグ伯爵家に行くんだ。あの家は王都にあるし、行けば借金の猶予もされる。お願いだ、行ってくれ」
悲壮な面持ちで頭を下げる父親にコリンナは鼻をふんと鳴らす。何でも叶えてくれる、コリンナにとって便利屋のような存在だった父親はこの数ヶ月間で一気に老けてしまった。
(エイヴリルが支度金を送らないからだと思っていたけれど……何だかそれだけじゃないみたいなのよね)
父親の様子がおかしくなったのは、シリル・ブランドナーという名前の若い青年が来てからだ。数ヶ月前からこの家に出入りするようになったアカデミー出身の補佐は、補佐のくせに父親を格下扱いしているのが一目瞭然である。
別にそれはどうでもいい。コリンナにとっては何の関係もない。
けれど、資金のことに関しては大問題だった。ドレスや装飾品はおろか、遊びに行くお金も捻出できないし、食事も日々質素になっていく。
美術品や家財道具を売って得た資金も、前ならば少しはコリンナや母親に渡されていた。けれど、彼が来てからは他のところに回されているようで贅沢ができた試しがない。
今日着ているドレスだって何度も袖を通したもの。アリンガム伯爵家にやってきてから贅沢しか知らなかったコリンナは怒りを通り越して困惑するばかりだった。
(こんな生活、もう耐えきれないわ……! すぐにエイヴリルと入れ替わるか出て行くかしかないわ!)
作戦への決行に決意を新たにしていると、母親がよろよろとしながら現れる。
「あなた。ここのところ使用人が全然姿を見せないんだけれど、皆どこへ行ってしまったのかしら」
「給金が払えていないんだ。出て行くのも仕方がないことだろう」
「う、嘘でしょう? だって、みんな代々うちに仕えてきた人間よ? 忠誠心はどこに行ったのよ!」
「……最初は皆躊躇いがちだった。しかし、シリル・ブランドナーが新しい就職先を手配したら、皆そちらへ行くと逃げてしまった。一体どんな手を使ったんだか」
父親と母親の絶望感溢れる会話を聞きながら、コリンナは空気を読まずにあるドレスを取り出す。
「お父様、お母様、ご覧になって? この前、ランチェスター公爵家に勤めているキャロルから素敵なドレスが届いたのよ。斬新なデザインと上質な生地が素敵でしょう」
それは深いグリーンのドレスだった。一見、オーソドックスなイブニングドレスに見えるが、背中は大きく開いていてセクシーなうえに生地は上質。
(キャロルったら、いいものを送ってくれたわ。給金をしばらく払っていないのが効いたのかしら。……まぁ、支払いたくても支払えないのだけれど)
「……メイドのキャロルから、って。あなた、それを着てどこへ行くつもりなの?」
震え声の母親に、コリンナは本物の悪女らしい微笑みを見せる。
「もちろん結婚式よ。お父様は王都まで赴く費用が厳しいとおっしゃるけれど、帰りは不要よ。だって、私はそのままランチェスター公爵家に入り、エイヴリルはリンドバーグ伯爵家に送り込むんだもの」
「でもね、コリンナ。いくら外見が似ていると言っても入れ替わったらすぐにバレてしまうと思うのよ。それよりも大人しく、」
「お母様? 便利な駒として動くエイヴリルがいなくなったと思ったら、今度は私を意のままにしようとしてるわけ?」
「こ、コリンナ……! なんてことを言うの。そんなわけがないじゃない……!」
母親が慌てているのは図星を突かれたということなのだろう。悪女と呼ばれる自分の母親なのだから、それぐらいの打算的な振る舞いは当然に思える。コリンナは特に傷つくこともなく続けた。
「私もキャロルの“公爵様には一度も会ってもらえず、使用人にも相手にされず離れに追いやられている”という手紙を読んだ時点では半信半疑だったわ。でも、本当に王都を訪問したとき、エイヴリルは夫人扱いされていなかったのよ。あれなら、よく似た妹と入れ違ってもわかるわけがないわ」
「……本当にうまく行くのかしら……」
「大丈夫ですわ、お母様」
キャロルから送られてきた深いグリーンのドレスを握りしめながら、コリンナは妖艶に微笑んだのだった。





