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無能才女は悪女になりたい~義妹の身代わりで嫁いだ令嬢、公爵様の溺愛に気づかない~(WEB版)  作者: 一分咲
一章

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45.これは誰のためのドレス①

 一方、ランチェスター公爵家で幸せに暮らしているエイヴリルはといえば、サロンで再びの来客に目を瞬いていた。


(生地が……ドレスの生地が)


 エイヴリルが凝視しているのは、目の前の来客が着ているドレスではない。エイヴリル用に持ち込まれたあられもない形のドレスだった。


「どうかしら? 色は少し地味だけれど、悪女らしいデザインですわ。ほら、背中がこんなに開いています」

「!」


 持ち込んだ張本人であるアレクサンドラ・リンドバーグがドレスを吊るすトルソーをくるりと回すと、そこには大胆に開いた背中が現れる。


(せっ……背中! 背中が……!)


 こんなものを着て動ける世の中の悪女を心から尊敬したい。エイヴリルならば一歩め、いや立ち上がった瞬間に落とす自信があった。しかも拾ってくれるのがディランなら、お互いに居た堪れなすぎる。


「エイヴリル様、今ここでお召しになるのならばメイドのグレイスをお呼びしましょうか」

「!?!?」


 クリスに囁かれて、エイヴリルははたと背中を押さえた。全力で遠慮したい。けれどしかし。


(でも、コリンナはこういうドレスをたくさん持っていたわ……!)


 となれば、答えは一つしかない。


「き、きききき着ま、」


 これは、アレクサンドラがわざわざ持ってきてくれた悪女らしいドレスだ。これはもう覚悟を決めて着るしかないと声を震わせたところで、ディランがサロンに入ってきた。


「……クリスもアレクサンドラ嬢も、私の婚約者で遊ぶのはやめてもらえるか」


「あら。そんなのもったいないですわ。私、エイヴリル様とお話をすると元気が出ましてよ。今日だって、このドレスをお見せしたらどんなお顔をなさるのかそれはもう楽しみでしたの」

「僭越ながら、私もエイヴリル様を揶揄うのが毎日の楽しみになりつつありまして」


 アレクサンドラとクリスの答えを完璧に聞き流しながら、エイヴリルは立ち上がってドレスを抱え込む。


「着ますわ! ちょうど最近暑いと思っていたのです」

「エイヴリル。これは体温調節のために生地が薄く布面積が少ないわけではない」

「わかっていますわ……! ですがあられもない服装は悪女として当然の嗜みですから……!」

「今、あられもないとはっきり言ったな」

「!? と、とにかく一度は挑戦を……!」


 ディランがドレスに手をかけるが、エイヴリルは薄い布地を掴んだまま放さなかった。


(悪女になりきる私にこのドレスを選んでくださったアレクサンドラ様の好意を、決して無駄にはできません……!)


 考えたことがそのまま口に出るのはエイヴリルの悪いところ、無駄に向上心が高いのはエイヴリルのいいところ。


 今日はその長所にディランが頭を抱えつつあるところで、エイヴリルの背後から手が伸び、手元からドレスがするりと引き抜かれた。


「……!?」

「エイヴリル様のサイズにお直ししておきますわ」

「ぐ、グレイス」

「このままでは立ち上がっただけでドレスが床に落ちますから」

「あ、ありがとうございます……」


 お直しを申し出たのはグレイスだった。ちなみに、キャロルはいつも通りいない。


 エイヴリルの心配をそのまま察してくれるグレイスとは随分距離が縮まった。これは任せるしかないだろう。


 この場で着なくて済んだことに少しだけホッとしつつ大人しくドレスを引き渡すと、グレイスとディランは目配せをしあっている。


「グレイス・フィッシャー」

「はい、旦那様」

「このドレス、背中を縫い合わせておいてくれるか」

「承知いたしました。それはもう隙間なくきっちりと」


 エイヴリルにはこの会話の意図するところがどうもわからないが、どうやら背中は守れるらしい。安堵していると、アレクサンドラが上品に微笑んだ。


「ふふふ。ランチェスター公爵閣下のこんなに人間味のあるお顔が見られるなんて、私としても新鮮ですわ」

「ああ、正直敵わないところだな」


 自分を悪女と認めているように思える二人の会話に満足しつつ、エイヴリルはソファに座り直す。


(そういえば、アレクサンドラ様はどのような御用でいらっしゃったのかしら)


 まさか自分に悪女のドレスをプレゼントするためだけのはずがない。首を傾げていると、アレクサンドラが涼しげに告げてくる。


「お二人の結婚式はいつですの? いつまで待っても招待状が届かないので、催促しに来たところですの」

「!」


(そういえば契約書にあったわ……! 時期が来たら、然るべき形で式を挙げる、と)


 離縁されることがわかっていながら式を挙げるのは、普通の貴族令嬢ならできれば避けたいところだろう。けれど、契約結婚が期間満了を迎えた後で自由を手にする予定のエイヴリルには望むところだ。


「それはディラン様とご相談いたしますわ」


 エイヴリルが澄まして答えると、隣でディランがごほごほとむせた。一体どうしたのか。ディランは、なぜか笑いながら背中をさすろうとするクリスを追い払って顔を顰める。


「アレクサンドラ嬢。その話は少し待ってほしい」

「あら。おめでたくて楽しい話題ですのに、どうしてかしら」

「少し前に話した……エイヴリルの実家の話と、私たち二人のことにかかわる」


 ディランとアレクサンドラの会話は意味深にも聞こえるが、それよりもいつも冷静なディランの目がどこか泳いでいるのが謎でしかない。


(私の実家の話というのはシリル・ブランドナー様によるアリンガム伯爵家の再建がある程度進んでからということなのでしょうか……。それにしても、私たち二人――ディラン様と私、の問題って?)


 紅茶を口に含んだまま、鈍いエイヴリルはさらに首を傾げたのだった。


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