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無能才女は悪女になりたい~義妹の身代わりで嫁いだ令嬢、公爵様の溺愛に気づかない~(WEB版)  作者: 一分咲
一章

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42.認めてもらえて幸せです

 警備上の問題で離れから母屋に移ってからというもの、エイヴリルの生活は大きく変わった。その一つが食事の時間である。


 母屋の広いダイニングでディランの向かいの席に座り、豪華な食事を前にしたエイヴリルはおずおずと聞く。


「あの、ディラン様。私もここで食事をしていいのでしょうか……?」

「当然だろう。何の問題が?」

「……いいえ。でしたら結構ですわ」


 エイヴリルのほうにも別に問題はないので、頭をふるふると振っておく。


 二人の関係が契約結婚だということをほとんどの人間は知らない。皆にとってみれば、政略結婚のために連れてきた妻を冷遇していたところを、内側に引き入れた程度のものなのだろう。


 普通に納得したエイヴリルは周囲をぐるりと見回した。


(ディラン様のメインダイニングでの食事には、いつもこんなにたくさんの皆様がいらっしゃるのですね……)


 ここには給仕係のメイドが8人。食事中の人間の数の4倍である。どう考えても不自然だし落ち着かない気もするが、これが公爵家の普通なのだと言われてしまえば納得するしかない。


 となれば、同席する使用人たちにエイヴリルが悪女なのだとわかってもらわなくてはいけなかった。何といっても自分は2年と少し後にこの家を円満に出ていく契約上の妻なのだ。


(“悪女”はお行儀よく食事をするけれど、給仕やお料理について我儘で意地悪なことを言わないといけないのですよね……)


 全てコリンナがお手本である。……となると。


「ねえ」

「はい、エイヴリル様」


 覚悟を決めたエイヴリルがナイフとフォークを置くと、慣れた様子でグレイスが近寄ってくる。ちなみにキャロルはいない。


「このお肉、焼き直してくださる? 私は焼きすぎた硬いお肉しか食べないと決めているの」

「承知いたしました。新しいものを用意しますので、このお肉は捨てるしかなくなりますがよろしいですね」

「!?」


 聞いていない。エイヴリルはグレイスとお皿にのったお肉を交互に見比べて目を白黒させる。


「そんな……あの、このお肉を焼き直していただくだけで私は、」

「そのようなことをできるはずがありませんわ。ここでの食事はエイヴリル様のために作られるものです。たとえ手をつけていなくても作り直しになりますし、残りを誰かが食べることも許されませんわ」


「!?!? そんなもったいないことはできません……!」

「もったいない?」


 悪女らしからぬ言動とはわかっていたが、食事を捨てるなんて使用人育ちのエイヴリルには許せなかった。


 不自然に口角が上がったグレイスに向かって「本当はお肉はどんな焼き方でも好きですごめんなさい」と謝罪しようとしたところで、様子を見ていたディランが笑う。


「それなら私のものと交換すればいい。まだ手をつけていないし今日は少ししっかり目に焼いてもらった。きっと、エイヴリルの好みに合うだろう」

「!?!? ディラン様のお料理を!?」


 エイヴリルが悲鳴を上げただけではなく、給仕のために見守っていたメイドたち全員がざわついた。この国では、個々にサーブされたお皿を取り替えることは家族間であってもマナー違反。夫婦のような特に親しい間柄であることを示すのだ。


 真っ赤になって口をぽかんと開けてしまったエイヴリルに、ディランは追い打ちをかけてくる。


「ああ。何か問題でも?」

「問題しかございませんわ……! 大丈夫です。私はこのお肉をいただきます!」

「……本当にいいのか」

「ええ、ほら。とてもおいしいですわ!」


 エイヴリルは慌てて肉をナイフで切り分け口に放り込む。こうしてしまえばディランは交換するなどと言わないだろう。正面でディランが空色の目を伏せ笑いを堪えているように見えるのは気のせいだと思いたい。


(こんなはずでは……今後、食事の時間に悪女っぽい振る舞いをするのはやめましょう……)


 お行儀が悪すぎた自分を深く反省して食事を終えたところで、たくさんのスイーツが載ったカートがダイニングに運び込まれてきた。


 ベリーをふんだんにあしらったクリームたっぷりのケーキから、鮮やかな卵色のカスタードプディング、みっちりとしたガトーショコラ、色とりどりのフルーツ。マカロンにクッキーにゼリー。


「これは……?」

「一緒にデザートを、と思って運ばせた。甘いものは嫌いではないだろう」

「とても好きです、悪女ですから」


 コリンナもデザートは好きだった。浮かれても大丈夫、今度こそ問題はないだろう。


(すごいわ……! 一人での食事の時もデザートは準備してくれていたけれど、こんなに豪華なものを……!)


 目を輝かせてカートをまじまじと見つめていると、目の前にフォークが現れた。驚いてフォークの持ち主に視線を移す。当然それはディランで、さっきまで大きなテーブルを挟んで向かい合っていたはずが、いつの間にかエイヴリルの隣に座っている。


「……!?」


 一体これは何なのか、と固まっているとディランは楽しそうに笑う。


「悪女なら、これぐらいは慣れているだろう?」

「!?!?」


(そ……そういうものなのでしょうか……!?)


 今日の食事は訳がわからないことが多すぎる。とにかく、エイヴリルにはレベルが高すぎるので勘弁してほしかった。


 けれど、これが悪女らしい振る舞いだというのなら仕方がない。受けて立つしかないだろう。


(少しはしたない気がするけれど……)


 頭の片隅に、“男娼”を呼んでいたコリンナの姿が思い浮かぶ。じっと観察したわけではないが、コリンナは殿方の膝の上でケーキを食べることなどたやすいだろう。


 しかも、今ここはディランの隣であって膝の上ではない。行ける気がした。


 エイヴリルは差し出されたフォークを口に入れる。何となくフォークに手を添えると、ディランの手が少しだけ揺れた気がした。


「……おいしいですわ」


 ケーキを飲み込んで微笑むと、なぜかディランは頭を抱えている。ちなみに、このダイニングにいた8人のメイドたちは一人残らず姿を消していた。


「……悪い。今、ものすごく罪悪感に苛まれている」

「どうしてでしょう。普通のことですわ、普通の」

「ああ。自分で仕掛けておいて申し訳ないが、君は本当に悪女かもしれないな」

「ええ、もちろんですわ」


 今日も満足だった。


 幸せで満ち足りた暮らし。エイヴリルがランチェスター公爵家での毎日を表すならその言葉がぴったりなのだけれど、それだけでは足りない気がする。


(良くしていただいて幸せ、というよりは……。ここにいると何だか、私という人間を認めてもらえているみたいだわ)


 並んでデザートを食べながら幸せを噛みしめていると、ディランが告げてくる。


「エイヴリル。今度、話があるんだが聞いてもらえるか?」

「はい、もちろん。どんなことでもお伺いしますわ」


 ディランの穏やかな表情の中に潜んだ、少しの緊張感。


(私も……こんな風に認めてくださるディラン様の力になれたらいいのに)

 





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