4.送金は……しません
翌朝。
公爵家からの迎えが待つ馬車の前。エイヴリルの手を握り、使用人仲間のキーラが泣きじゃくっていた。
「エイヴリルお嬢様……こんなに急にお別れをすることになるなんて……!」
「泣かないで、キーラ。もしお父様……いえ、家令のセバスチャンや領民が困るようなことがあったら、私の部屋のクローゼットを開けて。そこに書類が入っているわ。それを見れば、アカデミーを卒業された優秀な方ならすぐにアリンガム伯爵家の状況がわかるはずよ」
「でも、お、お嬢様……こんなのって酷すぎます……!」
泣き続けるキーラに、エイヴリルは額をこつんとくっつけて囁く。
「いいこと? キーラ。この家を出て行くことが私の夢だったのを知っているでしょう? どんな形であれ、私は願いが叶って本当にうれしいの」
「それは知っていますが……でも……っ」
「まもなくこの家は立ち行かなくなるかもしれないわ。もし困ったら、私に手紙を書いて。いいかしら?」
「はい……でも、こ、こんなときにまで、私たちのことを気遣わなくてもいいのですよ、お嬢様……ひっく……」
「泣いていてはだめ。私、あなたのことが大好きよ。ずっと一緒にいてくれてありがとう」
幼い頃から家族のはみ出し者扱いだったエイヴリルは、すっかり使用人としてなじんでいた。
気性の激しい継母やコリンナと違い、おっとりして朗らかなエイヴリルはアリンガム伯爵家の使用人たちの間で人気が高い。
こんな状況下でエイヴリルが歪まずに育ったのも、代々アリンガム伯爵家に仕える使用人たちが同情し大切に育ててくれたからだった。
「……お嬢様、お元気で……」
「またいつかきっと会えるわ、キーラ。それまで私のことを覚えていてね?」
キーラとの別れの挨拶を終え、馬車に乗り込んで扉を閉めようとしたところで、継母が首を突っ込んでくる。
「いい? エイヴリル」
「……はい、お母様。何でしょうか?」
「向こうに着いたらすぐに支度金をもらって送金するのよ? いいわね?」
「…………。」
今回の縁談は急なことだったため、支度金はエイヴリルが到着してから渡されるらしい。それが、本当に買われているようで何とも言えないのだが、エイヴリルにとっては大したことではなかったしむしろ好都合である。
継母の言葉に、エイヴリルはただにっこりと微笑んで否定も肯定もしない。
しかし、継母はそれを肯定と受け取ったらしい。満足そうにふんと鼻を鳴らし、勢いよく扉を閉める。
程なくして動き始めた馬車の中、エイヴリルはくすくすと笑った。
(お母様は本当に随分な人ね。……私が、これまでに一度も怒りを抱かなかったと思っているのかしら。アリンガム伯爵家と領民のためになるならば、いくらでも送金するけれど……実際はコリンナの贅沢ごとに消えてしまうのでしょうね)
――ということで、エイヴリルにこの家族のために支度金を送金する気は、全然ない。