51.
今日2回目の更新、コリンナ視点の閑話です。
ベル・アムールから貴族サロンに派遣された夜のこと。
自分の美しさを賞賛する声と、あちこちから伸びてくる手と、お金や貴金属の匂いに、コリンナは恍惚としていた。
(こんなにたくさんのお金持ちがいるなんて、夢みたい……! 最近はあの堅物女の家で働かされているせいで、全然殿方との出会いがなかったもの! せっかく王都にいるんだから遊ばなきゃ損よね)
美しい男性を選び、その隣の席や膝の上を次から次へと移動する。
自由気ままに遊べるのは久しぶりだ。目移りするほどの好物件がひしめき合う中、気に入った相手を探すのはものすごく楽しかった。
自分が類稀な美貌を持ち、魔性の類と呼ばれる魅力を持っていることはよくわかっている。黙って微笑むだけで、男は皆、自分に夢中になる。
そういう武器を持っていない一部の女たちは眉を顰め裏で陰口を叩き、時には自分を引き摺り下ろそうとしてくるが、コリンナの敵ではなかった。
さっきも面倒ごとに巻き込まれかけたが、偶然居合わせた美麗な公爵様が助けてくれた。
自分を助けるための理由づけにポーカーが行われ、皆がそちらに注目していたが、コリンナとしてはあれだけの男が自分のために動いているということのほうが快感である。
現にあの場ではコリンナを妬むような視線が飛んできていた。それすらうっとりと受け入れられる自分は、こういう遊びの場に向いていると思う。
(あの男は無能なエイヴリルの夫で、なぜかあの子に夢中ということだけが欠点よね。私の良さに気づかないなんて、本当にかわいそうでもったいない人生……)
さっさと帰っていったディラン・ランチェスターに心底同情しながら物色を続けていたコリンナは、舌を噛みそうな名前の商会主に出会った。
彼は相当なイケメンで立ち振る舞いもスマート。
金の話を振ったら難しい事業の話をしだし、正直何を喋っているのかよくわからなかったが、何よりも大金を持っていそうな雰囲気に胸が高鳴った。
(今夜はこの人について行こうかしら。少し年寄りだけど、かっこいいし何よりお金を持っているし……)
身につけているものもいろいろ高そうだ。ただの商人と呼ぶにはワイルドすぎる横顔をうっとりと見つめていると、視線を感じた。
(……?)
誰だろう、とそちらに視線を向けたものの、そこにはそれらしき人間はいない。熱気の中、舌を噛みそうな名前の大金持ちとの会話を楽しみつつ、決め手にかけるわ……と迷っていたときのことだ。
(見つけた)
会場の隅から自分を見つめている男の姿を発見した。いま自分の隣にいる男の二十年前の姿と表現するのがぴったりの美貌の男がこちらを見ている。
コリンナと目が合うと、彼はすぐに視線を逸らす。あまりにも自然な仕草に、きっと彼も遊び慣れているのだろうと推測した。刺激的な夜になりそうだ、と胸の奥で好奇心が疼く気配がする。
「……ごめんなさい。私、ベル・アムールっていう店にいるの。今度遊びに来て」
コリンナは舌を噛みそうな名前の男の肩に手を置き、耳元で囁くとその場を離れた。
「おい?」
戸惑うような声が後ろから聞こえているが、コリンナはもう振り返らない。足早に人混みでごった返す会場を抜け、彼の後を追った。
廊下に出てすぐ、その男が自分を待っていることに気がついた。
「ふふっ。やっと捕まえたわ?」
微笑んでそう告げると、彼は口元を押さえてわかりやすく苦笑した。
「本当に、顔は同じでも中身が全然違うんだな」
「えっ何が?」
「いや、こっちの話だ」
彼はそう言うと、コリンナの腰に手を回す。
「君ともっと話がしたい。人気のない場所へ行こう」
「いいわ」
彼はフェルナンという名前らしかった。
普段、コリンナは遊び相手の名前を聞かないことにしている。
けれど脱ぎ捨てていたシャツを拾ってベッドに座り、自分のことを話し出した彼につい夢中になってしまい、名前を聞いた上にしっかり記憶してしまった。これは滅多にない異常事態である。
「君との会話は気楽でいいね。掴みどころがなくて非現実的で、まるで蝶みたいだ」
そんなことを言うフェルナンに、コリンナは妖艶に笑ってみせる。
「随分難しいことを喋るのね? ……ねえ、あなた、どんな家の人? 継ぐ財産は持ってる?」
一番知りたかったことをわくわく問いかけると、フェルナンは声をあげて笑った。
「あはは。君は本当に素直だね。普通、そんなことを直接聞いてくる子、いないよ?」
「そう? でも、一番知りたいことなのに、はぐらかしていつまでも話題にしない理由がわかんないわ?」
「へえ、君にとっては一番知りたいことなのか……しかもそれを言っちゃっていいんだね」
フェルナンにとってはコリンナの言葉がものすごく新鮮だったようで、ひたすら感動している。
(すごくイケメンなのに、変な人)
あらゆるイケメンを知っているコリンナだが、彼のようなタイプは初めてだ。
これまでに遊んできたイケメンは皆、大体は育ちが良くて金持ちだった。けれどその分プライドが高く、こちらに弱みを見せない。
だからこそ、簡単に高価な品を貢いでくれるというメリットは魅力的だが、一方であらゆるものを巻き上げ、貢ぐものがなくなるともう会う気がしなくなってしまうのがコリンナにとってのデメリットだった。
しかも皆、別れを告げるとわりとさらっと離れていってくれる。
(私とはお金がなくなったら終わりだと思ってる人が多いし、もっと遊びたいから皆すぐにプレゼントの話になるけど……この人は何かをくれる話をしないわね?)
コリンナは試しに、ベッドサイドに置いてある懐中時計に目をつけた。白い手でそれを掴み、しゃらりと宙に浮かす。それを顔の横まで持っていき、一番自信のある笑みを浮かべた。
「ねえ、これに使われているのって本物のエメラルド? 素敵ね」
するとフェルナンはまた笑う。
「確かに本物のエメラルドだけど、少し濁ってるだろう? これは祖父から譲り受けたもので、大事だけどそんなに金銭的な価値はないんだ」
「ふーん。そうなの。じゃ、いいわ」
金にならない貢物に用はない。コリンナは大雑把な仕草でフェルナンに懐中時計を返した。
一方のフェルナンは、金銭的な価値がないと言われて一気に興味を失ってしまったコリンナに笑いが堪えきれない様子だった。
「本当に素直で面白いな。性格が全然違うと思ったけど、根っこの部分は似てるのか」
よくわからないことを言うフェルナンに、コリンナは思わず口を尖らせた。
「あなただって。普通持ち物をねだられて、そんなことは言わないと思うけどぉ? 大体皆、『これはすごい品なんだ』って尾鰭をつけてくれるわよ! そして宝石商に買い取ってもらおうとして嘘だったと知るの」
「あはははは。とんでもない悪女だな」
男女が遊ぶために準備された寝室に、似つかわしくない笑い声が響く。ひとしきり笑い転げたフェルナンは、何か吹っ切れたようだった。堰を切ったように話し出す。
「私の一番近くにいる女も悪女でね。君みたいに素直に何でも喋ってくれればやりようがあるんだけど、ちょっと難しいんだよな」
「何それ。面倒そうな女じゃない」
「そう、本当に面倒」
うんざりとした様子のフェルナンに向かい合うと、彼の首にコリンナは両腕を回した。
「あなた、ちょっと気に入っちゃった。ねえ、何もくれなくていいから、もっと遊ばない?」
「いいね。でも、うちの悪女がなぁ。君のこと、誘拐するかもしれない。あと、馬車を襲わせたり、君の父親に濡れ衣を着せたりするかも」
「何それ。本当に面倒な女ね」
「だろう……」
それは冗談混じりの声だったが、本気の疲労も滲んでいた。フェルナンは仄暗い目をして続ける。
「あんな女、縁を切れたらいいんだけどな」
「ふーん。婚約者? ご夫人? どっちかわかんないけど、離縁しちゃえばいいんじゃない?」
「ダメだよ。だって、私は次期ブランドナー侯爵なんだから。家のことが一番だ。……とはいえ、いろいろ諦めがつかなくてこうして遊んでるわけなんだけどさ」
「え! あなた、次期侯爵様なの⁉︎ お金も名誉も持ってるのね……!」
俄然やる気になったコリンナを見てフェルナンは苦笑すると、絡みついていた腕を解いてベッドに仰向けに横になった。さっきまで一緒に大笑いしていたはずなのに、明らかに一線を引かれた感じがして面白くない。
(フェルナン・ブランドナー? の婚約者? 誰よそれ。調べたらわかるのかしら)
それから五日後。
ベル・アムールからランチェスター公爵家に連れて行かれたコリンナは、周囲の会話から、エイヴリルを攫うように仕向けたのがフェルナン・ブランドナーの婚約者、キトリー・ボードレールだったと知ることになる。





