49.
翌日。エイヴリルはルイーズが休んでいる客間を訪ねた。
「ルイーズさん、お加減はいかがですか?」
「! こ、公爵夫人!」
慌てて体を起こそうとしたルイーズのベッドサイドには、医師に処方された薬の皿が置かれていた。薬を飲んで休んでいたところなのだろう。
掠れた声からは、無理に大きな声を出したことが伝わってくる。エイヴリルはあわてて彼女をベッドへと寝かせ、自分の方が顔を寄せた。
「いいですか。私は公爵夫人ではなくエイヴリルです。ここまで近づけば、声を張り上げなくても会話できますよね?」
紅潮した頬でこくこくと頷かれて、エイヴリルは微笑む。
「随分と顔色が良くなりました」
「ええ。最近体がすごく軽くて……これまで動くのも辛かったけれど、あまり苦じゃなくなってきているわ。それに、目が覚めたら、部屋にすごいものが」
ルイーズの視線の先にはディランが準備してくれた車椅子があった。
高級品であることはもちろん、なかなか手に入らない品だ。ルイーズが喜んでくれていることを察して、エイヴリルはにっこりと笑う。
「夫が見つけてきてくれたんです。体力が戻るまで、移動に使えるようにと」
「こんなことまで……なんとお礼を言ったらいいのか。現金で申し訳ないけれど、早く乗ってみたいわ」
「すみません、実は我慢できなくて先に乗ってしまいました」
「まあ」
昨日のうちに、グレイスに押してもらってしっかり乗り心地を確かめてある。二人でくすくす笑い合う。それから、エイヴリルは今自分が入ってきた扉に視線を送った。
「実は今、ルイーズさんにお客様がいらっしゃっているんです。もしよろしければ、ここにお通ししてもよろしいでしょうか?」
「私にお客様?」
意味がわからない様子のルイーズだったが、横になったまま、瞬きで応じてくれた。それを許可と理解したエイヴリルは、扉の方へと呼びかける。
「レジスさん、どうぞ」
「レジスって……」
ルイーズがぽかんと口を開けた直後、レジスが顔を見せた。彼はベッドに横たわるルイーズを視界に入れると、足早にこちらへと近づいてくる。
エイヴリルは立ち上がり、何も言わず自分が座っていた椅子を譲った。レジスはベッドサイドにやってきて膝をつき、ルイーズの手を握る。
「君にもらった手紙で指定されていた昨日、ベル・アムールに行ったら、無期限の営業停止になっているじゃないか。従業員寮の君の部屋はもぬけの殻だし……どこへ消えてしまったんだろうと心配したよ」
「ごめんなさい。本当に心配をかけたわね」
「これぐらい、全然いいんだ。君が無事でいてくれればね」
レジスはそう言うと、躊躇うような間を置いた。そして自分に続いて部屋に入ってきたディランに視線を送り、困惑してみせる。
「だが、ランチェスター公爵と君はどんな関係なんだ……?」
「えっ?」
突然の問いにルイーズは目をぱちぱちと瞬いている。
(レジスさん、勘違いをされているわ……!)
ベル・アムールには貴族の客も多く、しかもルイーズは『他に本当に好きな人がいる』という理由でレジスからの身請けの要望を断っていた。
それを覚えているレジスは、ルイーズの『本当に好きな人』がディランのことだと勘違いしているらしい。彼は目を潤ませてルイーズの手をさらに強く握り、せつなげに続ける。
「君が幸せならそれでいい。だが、ここの主人は桁違いの愛妻家だというじゃないか。そんな人の愛人として君が軽んじられるのを私は我慢できないよ。もし君が頷いてくれるのなら、私は君を家に迎えたい。家の者は説得する」
「な、何か勘違いをしているみたいだけど、私は公爵様の愛人なんかじゃ……?」
ルイーズは一瞬うれしそうな表情を見せたものの、レジスがとんでもない勘違いをしていることに困惑している。『自分では釣り合わない』と答えるのも忘れているぐらいだ。
一方、すっかり頭に血が昇っているレジスは振り返ってディランを睨みつけた。
「病気になったのを見舞いにも来ないでおいて、よく愛人として引き取ることにできましたね」
「だから、違うのよ!」
「何が違うんだ」
「私に、本当に好きな人なんていないのよ」
「あいつのことを庇っているんだろう? ……貴殿は恥ずかしくないのか」
「だから違うってば――」
これまでにルイーズがついていた嘘と、レジスの生真面目さが最悪の形で噛み合い、すれ違っている。それを呆れて見ていたディランは、うんざりしたように言う。
「私の妻はここにいるエイヴリルだけだ」
「は?」
間の抜けた声を出したレジスに対し、ディランは念押しする。
「確かに、私は愛妻家ではあるはずだ。だが、愛人を迎え入れた記憶はないし、これからも絶対にそんなことはありえないな。……彼女で手一杯だ」
彼女で手一杯、に苦労が滲んでいる気がするのは気のせいだろうか。
謝った方がいいでしょうか、と真剣に検討するエイヴリルだったが、ディランは斜め上の思考に走りがちなその妻の肩を抱いた。
思わず見上げると、冷静な表情が崩れた。彼の言葉には嘘は一つもないという、何よりの証拠に見える。
一方のレジスはエイヴリルとディランの顔を交互に見比べていた。ディランが公爵なのだから、その彼が妻だと宣言しているエイヴリルは自ずと公爵夫人ということになるのだが、どうもそれが理解はできてもなかなか受け入れられないようだ。
事態を呑み込めないレジスに対し、ディランはもう一度繰り返す。
「いいか? 私がしたのは、妻の友人にベッドを貸し、医師を呼び、恋人に知らせを手配しただけだ。あとは二人でゆっくり話すといい。行こう、エイヴリル」
「あ、はい……!」
「「えっ……⁉︎」」
(そうですね。きっとここからは、私たちがいてもお邪魔なだけですから……!)
エイヴリルは頬を染めて顔を見合わせるルイーズとレジスを残し、部屋を離れたのだった。
予想通り、二人はうまくいった。
その数日後、レジスが迎えに来て、ルイーズはレジスの家の屋敷に移ることになったのだった。
レジスは両親と親戚を説得することに成功し、二人は再婚が決まったらしい。
ディランは「愛人としてではなく、正妻としての再婚をよく許されたな」と感心していたが、実は、レジスは以前からこの話を進めていたのだという。
(レジスさん、諦めているように見せかけていましたが、実際は水面下でルイーズさんのためにずっと動いていらっしゃったんですね)
優しい嘘を理由としたすれ違いから解放された二人は、この上なく幸せそうに見える。別れ際、ルイーズはエイヴリルにこっそり囁いた。
「まさかこんなことになるとは思わなかったけれど……読み書きはできるようになりたいの。恋愛小説が読めるようになるまで、教えてくれる?」
「もちろんです」
「ありがと。うれしい」
張り切って頷いて見せると、ルイーズははにかんだ笑顔を浮かべ手を振る。ルイーズが乗る車椅子をレジスが押し、二人は恋人同士としてランチェスター公爵家を後にしていった。
(ルイーズさんがもっと元気になって、幸せな人生を送れますように)
後ろ姿に、それが叶わなかった母との思い出が重なる。祈るようにして、エイヴリルは二人を見送ったのだった。
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