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無能才女は悪女になりたい~義妹の身代わりで嫁いだ令嬢、公爵様の溺愛に気づかない~(WEB版)  作者: 一分咲
一章

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31.私のための「お仕事」でした

 帰り道。


 エイヴリルは馬車に揺られながらうとうとしていた。


(眠いわ……でも今日はとても楽しかった)


 エイヴリルが眠くなっているのには理由がある。それは、隣に座っているディランが醸し出す空気がいつも以上に柔らかく穏やかだからである。


(いけないわ。さすがに、ここで眠ってしまうのは)


 悪女どころか、淑女としても失格である。なんとかして睡魔に抗うことを決めたところで、ディランが口を開いた。


「君の実家……アリンガム伯爵家に派遣する補佐が決まりそうだ。以前見せたリストには載っていなかったが、元々理想的だと思って目をつけていた人物だ」


 目の覚める朗報に感謝しかない。


「まぁ! ありがとうございます。どんなお方でしょうか? いつからアリンガム伯爵家に?」

「早ければ、最終調整を終えて今月中にも。名前は、シリル・ブランドナー」

「……ブランドナー」


 聞き覚えがありすぎる家名に、エイヴリルは目を瞬いた。


「ブランドナー侯爵家の二男で、アカデミーを出て今は王宮で補佐官をしているらしい。一時的にだが、アリンガム伯爵家へ出向くことを承諾してくれた。あとはうちと縁遠くなっているブランドナー侯爵家に伺いを立てるだけだったんだが、エイヴリルのおかげで上手く行ったな。ちなみに、素晴らしいバイオリンを弾くサミュエルは五男のようだ」


「ブランドナー侯爵家は子沢山……」

「だな」


 ではなかった。


 さっき、自分とサミュエルが演奏を楽しんでいるうちに交わされた会話がどんなものだったのかを知ったエイヴリルは、おずおずと頭を下げる。


「ディラン様、私は何も考えずに今夜のサロンコンサートを楽しんでしまいました。私だけ……申し訳ございません。そして、本当にありがとうございます」


(ディラン様は、今日のデートの目的の一つに『お仕事』を挙げられていましたが……実はそれすらも私のためだったのですね)


 押し付けがましくなく、さらりとしているところが何ともディランらしい。


「それよりも、私はあのサロンコンサートに行くのは久しぶりだと言っただろう」

「はい、伺いました」

「今日はそれよりも楽しい思い出になった。エイヴリルとここに来られてよかった」

「? ディラン様……?」


 いつもとは少し様子が違うディランに、エイヴリルは首を傾げる。


(そういえば、ディラン様はどうして契約結婚を希望されているのでしょうか)


 エイヴリルにとっては契約結婚で全然問題がないしむしろ大歓迎なのだが、これまで一緒に過ごしてきて、ディランには正式な妻を迎えない理由が見当たらないのだ。


(でも、本人がお話しにならないことに触れるのは良くないわ。お互いに干渉しないお約束だもの)


 踏み込まないことを再確認したエイヴリルは、話題を変える。


「ディラン様。私、宮殿に戻ったらディラン様にお手紙を書きますね。今日あった、とっても楽しいことをたくさん書きたいと思います」

「ああ。……楽しみにしている」


 ◇


 ということで、エイヴリルはディランに手紙を書いた。


 口紅はつけず、香水も振りかけなかった。どちらもクリスのアドバイスである。


「ディラン様に小細工は必要ありません。むしろ効きすぎてはエイヴリル様が困ることに」と言っていたが、エイヴリルには全く意味不明だった。


 しかし、手紙は大いに喜んでもらえたようである。


 その結果、こんな事態になっていた。




「どうして、王太子殿下とこの国の才媛が私の宮殿に」

「それは少しすればわかることかと。今確かなのは、ここが宮殿ではないことだけです」


 笑いを含んだクリスの声を背景に、エイヴリルは改めて現実を把握しようとする。


 目の前には、麗しの王太子殿下・ローレンスと楚々とした才媛・アレクサンドラがいた。二人は先日のお茶会でエイヴリルのことが気に入り、もっと話がしたいとランチェスター公爵邸にやってきたらしい。


 エイヴリルが暮らす離れ――宮殿一階のサロンではエイヴリル、ディラン、ローレンス、アレクサンドラが席についていた。それを背後から見守るクリスと、緊張した面持ちのメイドたち。


 間違いなく、厳戒態勢でのおもてなしタイムである。


「……それにしても急すぎるのではないか。エイヴリルが困っている」

「あっいえディラン様、私は別に、」

「エイヴリルは何でも微笑んで受け入れるのはやめろ。嫌なことは嫌だと言っていいんだ」

「ここでの暮らしで、嫌なことは何一つありませんわ。とても幸せですから」


 嫌なことといえば、悪女ではないと追い出されることだけである。


 エイヴリルとディランの会話を聞いていたローレンスは、あはは、と声をあげて笑った。


「ディランがこんなに女性を気遣う姿を見るのは初めてだな。新鮮だよ」

「王太子殿下は、ディラン様と長いお付き合いでしかも仲がよろしいのですね」

「ああ。私は彼のことをなんでも知っているよ」


 エイヴリルの問いに答えたローレンスは、含みを持たせつつ続ける。


「例えば、婚約者に貰った手紙を大切に手帳に挟んでいるとかな」

「!?」


(なんですか、それは……!)


 予想外すぎる言葉にエイヴリルは目をぱちくりとさせた。意味がわからない。


「こ、婚約者、って……私のことでしょうか?」

「ほかに誰がいる? だから、今日はここに来たんだよ。さすがにそこまで知ってしまったら、二人がどんな毎日を送っているのか気になるだろう?」

「……やめてくれ、ローレンス」


 ディランは口元を押さえて不機嫌そうにしている。


(ディラン様が、お外でも婚約者に夢中な演技を続けていらっしゃるなんて……)


 この契約結婚には相当な理由がありそうだ。エイヴリルがそう思ったところで、アレクサンドラがすっと立ち上がった。


「今度うちで()()()()()()()()()()()()()()のことでランチェスター公爵閣下にご相談がありますの。混み入ったお話になりますので、別室でお時間をいただいてもよろしいかしら?」

「……ああ」


(これは、お仕事のお話ね……)


 エイヴリルは席を外す二人を見送ってから、残されたローレンスに向き直る。すると、彼はディランとはまた違うタイプの美しい顔に穏やかな笑みを浮かべた。



「――エイヴリル嬢。少し、話に付き合ってもらってもいいかな?」


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