29.
翌日も、『ベル・アムール』の営業はあった。
ここへ来てからというもの、ほぼ毎日のようにサロンへ出て客を物色していたコリンナだが、なぜか今日は一階へ降りてこない。
不思議に思ったエイヴリルは五階の個室を訪ねた。コリンナが出会ったという商会主の話を聞きたかったからだ。
コリンナの客ならば、今日早速ここへ会いに来る可能性もある。そのときに紹介してもらえるよう、事前に根回しをしようと思ったのだ。
けれど個室を開けたエイヴリルの視界に飛び込んできたのは、下着姿のまま着替えもせず鏡を見つめるコリンナの姿だった。部屋中に雑然と放られたドレスを拾って回収しながら、エイヴリルは首を傾げる。
「コリンナ、どうしたのでしょう? もしかして……具合が悪いとか?」
「違うけど。ちょっと、気分が乗らないだけ」
ドレッサーに座ったコリンナは頬杖をつき、今度は窓の外を見た。鏡を見ていても、窓の外を見ていても、どちらにしろ心ここにあらずというのがわかる。
昨日のうきうきした感じこそ消えているが、この状態は明らかにおかしい。こんな義妹を見たことがある気がする。というか間違いなく覚えている自分の記憶力を恨みたくなった。
(これは……王都のパレードで王太子殿下を遠巻きに見て一目惚れし、縁談を取り付けてくれと暴れたときと同じ顔をしていますね⁉︎)
エイヴリルの記憶が確かなら、コリンナはこの顔をして三日後に暴れ出した。
うちのような家格で王族どころか王太子と結婚するのは絶対に無理だと言われてもコリンナは絶対に諦めることなく、両親に泣きついて使用人には当たり散らした。
矛先は当たり前にエイヴリルにも向けられて、この辺りは元々堅かったパンがさらに堅くなった思い出がある。エイヴリルは堅くてパサパサしたパンが好きだが、この事件を通じて、さすがに何事にも限度はあるのだ、と知ったのだった。
コリンナが一目惚れにより奇行に走る可能性があると判断したエイヴリルは、慌てて提案した。
「ええと、ロラさんを呼んできましょうか? コリンナは稼ぎ頭です。ロラさんは短期のお休みよりも長く伏せられる方を嫌うと思いますので、数日ぐらいなら休ませてくれるはずです」
「そうねえ。でも、昨日仲良くなった商会主がベル・アムールに来るって言っていたのよね」
「え。やっぱり?」
もしかして、コリンナが一目惚れした相手はその商会主なのだろうか。
(コリンナは、商会主さんのことを『大金持ち』とだけ言っていました。一目惚れしていたのだとしたら、違う言い方になると思うのですが?)
目を瞬くエイヴリルに、コリンナはどこか遠い目をして笑う。
「なんか……相手が決まっちゃうと何もやる気が起きないのよね。……あ、いいことを思いついちゃった」
じとりとした視線を向けられて、嫌な予感がした。コリンナとずっと一緒に生きてきて十四年。彼女が思いついた『いいこと』が本当にいいことだったためしがない。
全力で逃げ出したいエイヴリルだったが、ここでのコリンナは女王様だった。スッと立ち上がり、くるりとエイヴリルをドレッサー前に座らせると、自信満々に微笑んでみせる。
「今日のお店、エイヴリルが代わりに出てちょうだい?」
「はっ……えっ、そんな⁉︎」
「大丈夫。濃い化粧をして、一言も喋らなければ私じゃないってバレないわよ。それに、あの大金持ちに会ってみたかったんでしょう? ちょうどいいじゃないの」
「いえ、そういう意味では……というか間違いなくバレると思うけれど⁉︎」
あわあわと拒絶するエイヴリルだったが、コリンナはお構いなしに準備を進めていく。
エイヴリルが着ているメイド服を脱がせ、自分のドレスを着せて慣れた様子で化粧をほどこし、あっという間に、鏡の向こうにはコリンナそっくりのエイヴリルが出来上がってしまった。
自分によく似た義姉を満足げに眺めながら、コリンナは低い声で凄んだ。
「いい? 今夜この部屋は貸してあげるけど、男と寝るんじゃないわよ」
「ね、寝る……、えっ⁉︎」
直接的な言葉に顔を真っ赤にして口をぽかんと開けると、コリンナは言うのだった。
「今日は気分が向かないから私の代わりにならせてあげる。だけど、私の客は全部私のもの。私の客のものも全部私のものよ! いいわね!」
「は、はい! コリンナのお客様はコリンナのもの、コリンナのお客様のものも全部コリンナのもの⁉︎」
「そう。あんた、やっぱり無駄に覚えがいいわね」
あわあわと復唱すると、コリンナは満足げに歪んだ笑みを見せる。横暴では、と思ったものの、言っても無駄だしそもそもそれでいい。
ということで、エイヴリルは抵抗虚しく、コリンナの身代わりになることが決まってしまった。





