15
茶会が行われているサロンの隣室。
「ディラン殿がそんなに青い顔をしているのは珍しいですね」
部屋に入ってくるなり、そう漏らしたフェルナンは、鷹揚に歩いてくるとディランの向かいに座った。ふてぶてしい仕草に苛立ちが募る。
心労と寝不足で他人を気遣う余裕などまるでないディランは、彼に冷たい視線を向けた。
「妻がいなくなったんだ。普通でいられる方がおかしいだろう」
「ふうん。行き先に心当たりは?」
「思い当たるところは全部当たった。手がかりはない」
「……そうですか」
気まずそうに相槌を打ったフェルナンは、どことなく落ち着かない様子だ。足の踵を浮かして小刻みに揺すり、視線をあちこちに彷徨わせている。
ディランは彼の態度に疑念を持った。
(……何か知っているのか?)
思えば、彼は初めてエイヴリルに会ったときから不自然なほど興味を示していた。その興味が、昔の自分への復讐心から来ているのかと思えば、どうも違う。
純粋にエイヴリルという人間に好感を抱いているようだった。
(彼女を好ましく思う人間が多いことは知っているが……)
ランチェスター公爵家の面々のみならず、ローレンスやアレクサンドラまでもが一瞬でエイヴリルに心を奪われたことを考えると、彼がそうなったのもおかしいことではない。
だが、その一人であるフェルナンがエイヴリルの行方について知っているのなら、話は全く変わってくる。彼が妻をどこかに連れ去ったのかもしれないと思えば、無意識のうちに低い声が出ていた。
「エイヴリルの行き先を知っているのなら、話せ」
よそ行きの表情を取り払い、睨みつけるとフェルナンは弱々しく応じる。
「何も知りませんよ、本当に」
「こっちを見ろ」
「し、知らないって言っているだろう」
知らないと宣言しながらも、フェルナンは不自然に視線を合わせようとしない。まるで、何かを迷い決めかねているようだ。どう考えてもおかしい。
「エイヴリルが心配なんだ。知っていることがあるのなら言え」
立ち上がって詰め寄ると、テーブルの上に出されていた紅茶のカップがガチャンと音を立ててひっくり返る。カップからは黄金色の液体が広がってテープルの縁を伝い、絨毯に落ちていく。
「――ディラン様」
落ち着きつつも緊張を滲ませたクリスの声で、我に返った。目の前には、横を向いたまま頑なに目を合わせようとしないフェルナンの顔がある。
いつの間にかフェルナンの胸ぐらを掴んでいたようだ。
「……すまなかった」
(これでは八つ当たりだ。頭を冷やさなければ)
ここはブランドナー侯爵家だ。クリスが冷静に止めてくれたことがありがたい。謝罪を告げて、フェルナンから手を離す。
彼は目を泳がせて後ろを向き、乱れた服を直している。しかし、さっきまで頑なだった彼はふっきれたように息を吐いた。
「いつもクールで余裕ぶっているディラン・ランチェスターをこんなに変えたなんて、エイヴリル様は本当に悪女なのかもしれませんね」
「何が言いたい?」
「私も彼女に変えられた男の一人だということですよ。ディラン・ランチェスターの変化は社交界の婦人方を喜ばせるだけでしたが、私の変化はある女性を嫉妬に焚きつけた可能性がある」
嫉妬という言葉に嫌な予感がした。やっとのことで、渇いた喉から絞り出せたのは問う言葉だけ。
「つまり?」
「私の婚約者、キトリー・ボードレールがエイヴリル様の行方について、何か知っているはずです」
王位継承権を放棄した王族を説得するための夜会でちらりと見た、可憐な少女の姿が脳裏に浮かんだ。悪事とは無縁にしか思えない佇まいを思い出して、冷や汗が落ちる。経験上、ああいうタイプの方が間違いなく危険だ。
「お前がエイヴリルに付き纏っていることに腹を立て、キトリー嬢がエイヴリルをどうにかしようとしたと?」
「さすが理解が早いですね。まさにそのままですよ」
「エイヴリルは今どこに」
冷静になって一度離れたことも忘れ、またフェルナンに詰め寄った。すると、フェルナンは唇を噛み、こちらを真っ直ぐに睨んでくる。
「わからない。だが、キトリーは絶対に口を割らないだろう。プライドがドレスを着ているような女性だ。底が知れないし、正直悪い噂もある」
「関係ない。今日、彼女は茶会に来ているか? すぐに吐かせる」
「待ってくれ」
部屋から出て隣のサロンに向かおうとすると、ディランの本気を悟ったらしいフェルナンが必死の形相で立ちはだかった。
「冷静になって考えてみてください。キトリーの後ろ盾はボードレール侯爵家です。そして、私は彼女と正式に婚約している。私の母がいくら社交界の華でランチェスター公爵家に恩があっても、貴族同士の関係では父――ブランドナー侯爵家当主の意見を優先せざるを得ないでしょう。となると、父は間違いなくボードレール侯爵家の味方をする」
次話は1/21更新予定です。




