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(しまったわ)
周りがシンとしてしまったのを感じながら、キトリーはパッと愛らしい笑みを浮かべなおす。
「いいえ、違いますのよ。ただ、フェルナン様が私に贈り物をしたいと仰るのをお断りしていたんです。だってそうでしょう? このタイミングで私にプレゼントをするよりは、国王陛下夫妻に何か贈り物をするべきだと」
「そ……そうですの。キトリー様はさすが気が利きますわね」
友人が納得したのを見て、そっと胸を撫で下ろす。
(お茶会前のやりとりを見られていたのね。油断ならないわ)
実は、キトリーはさっきブランドナー侯爵家に到着してすぐ、フェルナンに人気のない場所へ連れて行かれた。それが、婚約者らしいかわいらしい用事でないことは元々よくわかっていた。
これまでに、甘酸っぱい話も色っぽいやりとりも一度もしたことがない。諦めた目でフェルナンを見上げるキトリーに、彼は言ったのだ。
――エイヴリル・ランチェスターの行方を知らないか、と。
それは、正直予想外の問いだった。
(あの人、本当によく見ていたのね。自分にとって大事な人への危険人物を見極める目に長けているのは、私だけじゃなかったみたい)
もちろん、エイヴリルの行方など知るはずがないとしらを切った。
元々キトリーとエイヴリルは先日の夜会で軽く挨拶をしただけの仲だ。事件とは関係ないと示せば、それで会話は終わりいつもの表面だけ仲がいい婚約者同士に戻るはずだった。しかし。
(フェルナン様は信じなかった。厳しい口調で私を問い詰めた)
簡単に邪魔者を片付けたと思い込んでいたキトリーにとっては、思いがけない事態だ。一昨日、エイヴリルの誘拐はボードレール侯爵家の暗部を担う裏社会の人間に任せ、完全にうまくいった。
犯罪組織に直結する裏社会との関わりは、本来あってはならないことだ。けれど、名門であればあるほど、どの家にも面倒ごとを解決する担当は存在している。
少し前に、ランチェスター公爵家の前当主が人身売買組織との関わりで事情聴取を受けていたが、貴族社会で生きている人間にとってはそこまで驚くことでもなかった。ヘマをして表に出てしまっただけで、基本的にそういうものだからだ。
(ひいおばあさまから譲り受けたジュエリーをいくつか売って得た金銭を使い、お父様には内緒で裏社会の人間にエイヴリル様を誘拐してもらったわ。彼らは手慣れていて何事もなくスムーズで鮮やか。この国の法律が通じない場所に閉じ込めてもらうことにしたから、なかなか足がつかないはずだったのに)
それなのになぜ、フェルナンは勘付いたのか。普段、キトリーは可憐で品行方正な婚約者を演じているため、犯人として疑われることはないはずだった。
だがフェルナンは頭がいい。一応は警戒して動いたつもりではいた。それに、自分の本性はある程度知られてしまっているかもしれないが、さすがに犯罪行為に手を染めているとまでは彼も思い至らないだろう。
となると、フェルナンが気づくに至った経緯はひとつ。
(もしかして、彼は十一区に遊びに行っているってこと? 全ての恋人と別れたばかりのくせに)
ギリリと歯噛みをしたキトリーは、つまりすでにエイヴリルに遭遇したのでは……と思いかけて、考え直した。
彼女がどんな場所に売られたのかは知らないが、いくら悪女とはいえ貴族育ちの令嬢が娼館に放り込まれて普通の精神状態でいられるはずがないからだ。
それも考えて、追放先を十一区に指定したのだから。
(どうせ、泣き暮らして娼館主から罰でも受けているんじゃないのかしら。いくら遊び好きの悪女だからって、貴族育ちである限りあの環境はショックで、まともに仕事なんて出来ていないはず。だから、フェルナン様のような上客と知り合う機会なんてないわ。大丈夫よ)
とはいえ、この胸騒ぎは何なのだろう。完璧な計画を問題なく実行できたはずなのに、なぜか落ち着かない。苛立ちを抑えきれないキトリーの肩に、そっと手が置かれた。
振り返ると、そこにはブランドナー侯爵夫人がいた。
「ヒヴァリー様」
婚約者の母の名を呼べば、彼女はたおやかに笑った。そうして聞いてくる。
「……先ほどのお話なのだけれど。フェルナンがあなたに贈り物をしたいという話」
「ええ、辞退はしましたが、お気持ちはうれしかったですわ」
「そう。浮ついた息子でごめんなさいね」
「いいえ、とても素敵なお方ですわ」
令嬢の笑みを張り付けると、侯爵夫人は同じように笑う。
「何か気がついたことがあったらいつでも相談してちょうだい。ボードレール侯爵家とうちは将来親戚になるんだもの」
あなたは私の娘になるんだもの、という言い方でないのは、深い意味があるのだろうか。
そう思った瞬間、これが『あなたの家の暗部は全て知っている』という意味に等しいと気がついて戦慄する。
平静を装ったキトリーは、視線を上げ、侯爵夫人の顔を覗き込んだ。しかし、上品な笑みの向こうにある感情は読めなかった。
「お気遣いありがとう存じます、ヒヴァリー・ブランドナー侯爵夫人」
緊張を堪えて応じると、彼女は穏やかな笑みを浮かべたまま去っていく。
(あなたのせいよ……!)
主が戻ってこないままの隣席を睨みつけながら、キトリーは苛立ちを抑えきれずにいた。
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