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無能才女は悪女になりたい~義妹の身代わりで嫁いだ令嬢、公爵様の溺愛に気づかない~(WEB版)  作者: 一分咲
六章

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8.

シリアスなお話が続くため、今日3回更新します。

これは1回目です。

 フレイヤの指示で訪れたのは、ベル・アムールの隣にある従業員用の宿舎だった。


 エイヴリルが休んでいる大部屋はベル・アムール本棟の四階にあるが、こちらは男性従業員用である。一度も足を踏み入れたことがない場所だが、この棟の一階は日当たりが悪くてじめじめしていた。


 自分のことはレジスとでも呼んでくれ、と自己紹介した男性は、エイヴリルを案内する。


「ルイーズの部屋はこちらだ」


 彼はここをこれまでにも訪れたことがあるのか、慣れた様子だ。完全にバックヤードなのにどういうことなのだろう。


 日当たりが悪く、扉の塗装も剥がれかけている一階の部屋には、あまり生活感がない。普段、ここへ出入りする人はほとんどいないのではと思ってしまうほどの殺風景さだった。


(こんなところに、本当に誰かがお休みになっているのでしょうか……?)


 案内された先、剥げたクリーム色の扉の先には、ベッドが一つだけあった。そこに、一人の女性が横たわっている。彼女はこちらを見て眩しそうに目を眇めた。


「誰……?」


 青白い顔をして頬は痩せこけ、ブロンドヘアからは艶が失われている。ほっそりとした手や首筋には赤い斑点が見えた。けれど、青い瞳と整った顔立ちからは、その女性が健康な状態ならばかなりの美人であることが想像できた。


(この方は……?)


 目を瞬くエイヴリルの隣で、レジスが優しく笑う。


「ルイーズ、私だよ。フレイヤが見舞いを勧めてくれてね。調子はどうだい?」

「レジスさん⁉︎ ……っ」


 驚き言葉に詰まった後で、ルイーズと呼ばれた女性は苦しそうに咳をした。薄い肩が儚く揺れて、今にも折れてしまいそうだ。無理をして起きあがろうとするルイーズをレジスはジェスチャーで留める。


「辛いところに邪魔してしまったね。それにしても、そろそろ店に復帰しているかと思ったら、良くなるどころかこんなに痩せてしまって……もっと早く顔を出せなくて悪かったよ」


 ルイーズは苦しげに微笑んで首を横に振った。


「流行病で行き来が難しかったでしょう。来られなくても仕方がないわ。忘れないでいてくれてありがとう」

「そんなに悲しいことを言わないでくれるかな。僕は君の一番の上客だからね」

「レジスさんったら……っ、ゴボゴボ」


 花がほころぶような笑みを見せた後、咳き込んだルイーズの視線がエイヴリルに留まる。


 どこか虚ろだった瞳に光が灯る。エイヴリルを新人メイドだと認識し、意識が切り替わったようだった。


「あんたは?」

「わ、私は……エイヴリルと申します」


 目を瞬き答えるエイヴリルだったが、視線が『ルイーズ』と呼ばれた女性から離れない。なぜなら、エイヴリルがよく知っている人の面影に重なったからだ。


(お母様に似ていらっしゃる……)


 エイヴリルは五歳で母親と死別した。


 母は、もともと体が弱い人だった。記憶では、一日の大半をベッドの上で過ごしていた覚えがある。それが、ある日突然風邪をこじらせてそのままいなくなってしまったのだ。


 夫でありエイヴリルの父親――アリンガム伯爵が不在にしていることがほとんどの屋敷で、エイヴリルに本を読み聞かせながら、咳をしていた優しい母の顔が思い浮かぶ。


『エイヴリルは本当に賢くていい子ね』

『あなたはきっと将来、素敵な淑女になるわ』

『大きくなったあなたと話をするのが本当に楽しみ』


 いつもそんなふうに言い、ベッドの上で青い顔をして微笑んでいた。けれど、実際にはベッドから降りた姿をほとんど見ることがなく、母は逝ってしまった。


(こちらのルイーズさん……雰囲気がお母様に近い気がします……。病気で寝込んでいらっしゃるところだけでなく、髪の色や優しそうなお顔の雰囲気も)


 ぼうっとしているエイヴリルに、ルイーズが不思議そうに問いかけてくる。


「あんた、食事の皿を回収しに来たの? 今朝の分はそこに置いてあるから持っていっていいわ」

「はっ……はい」


 慌てて指さされた方向を見ると、そこにはほとんど手をつけられていないプレッツェルの朝食があった。母親とルイーズを重ねて呆けていたエイヴリルだったが、我に返る。


(この朝食……体調が悪い方にもそのまま出されていたのですね)


 ここで働く女性たちには少し変わったおしゃれなメニューが喜ばれるらしいと理解し、このメニューにしたのだが、噛みごたえがあるパンはどう考えても病人向きではないだろう。


 そのせいでルイーズがお腹を空かせているかもしれないと思ったエイヴリルは、頭を下げる。


「申し訳ございません。食べやすいものに作り直してまいります」

「……あ、いいのよ、そんなこと。いつものことだから」


 儚げなルイーズの声に首を傾げれば、彼女は宙をぼうっと見つめ、続けた。


「ここでは働けない娼婦の言葉なんて届かない。私のために別メニューを準備するなんて言い出したら、あんたが首になってしまうわ。ロラさん、娼婦は余程のことがない限り追い出してくれないけど、メイドはあっさり解雇するから」


「いえ、食事はきちんと……」

「いいの。見なかったことにしなさいな」


 どうやら、ルイーズはエイヴリルのことを働き口に困っている少女だと思い込んでいるらしい。蒼い顔で微笑んでいるところを見ると、ますます母の面影に重なる気がする。


 加えて、体調が悪いのにエイヴリルを気遣ってくれることから、彼女が優しい女性なのだと伝わった。


(そして、わかったことがもう一つあります)


 さっき、サロンでフレイヤは『ルイーズは食欲がなくて食べられない、だからおいしい揚げた芋を作るエイヴリルが話を聞いてきてほしい』という趣旨のことを言っていた。


 けれど、それは間違いだったようだ。


 そもそも食べられるメニューが出てこないし、それを善意の誰かが訴えればその人間が処罰を受けるため、彼女はここで病を重くしていくばかり、というのが正しいところなのだろう。


 食事のことも気になるが、ここで寝たきりになっている理由は食事のことだけではないはずだ。エイヴリルは躊躇いがちに問いかけた。


「私は最近こちらでお世話になっているエイヴリルと申します。ここにお医者様は来てくださらないのですか?」

「お金があれば毎日でも来てくれるけど、私にはお金がないから滅多に診てもらえないわよ」

「では、そのお金をベル・アムールの主人であるロラさんは支払ってくれないと?」

「ええ、そうよ。でもここはそういうものなの。だから……諦めるしかないわ。よくわかってるし、気にしないで」


 ルイーズの言葉に、レジスは悲しげだった。


「新入りのメイドさん。ここで働く女性たちがどんなシステムのもとに縛り付けられているか知っている?」


 エイヴリルは首を振った。


「何となくしかわかりません。ですが、その多くは意に沿わず売られてくるものと理解しています」

「その通りだよ。買われた時の金額を稼いで返せれば自由の身だ。だが、実際はそんな簡単じゃない。経営側は懐を潤わせ金を生み出す労働力を留まらせるために、ありとあらゆる手段で女性たちから金を巻き上げるんだ」


(――ありとあらゆる手段、ですか)


わたしはお正月気分が抜けませんが、皆様いかがお過ごしですか。

今年もよろしくお願いします!しっかり遊んできたので頑張って書きます!


なお、無能才女WEB版はシリアスなお話が続くため、きりがいいところまで(シリアスなエピソードがおわるまで)の今日3回更新します。


これは1回目です。次話は今日の20時更新です。

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