7.
二時間後。
エイヴリルたちのテーブルの上には、シャンパンボトルが二本、ワインボトルが五本置かれていた。それを心底不思議そうな顔でテオドールが見つめている。
「君は新人で何もわからないと言っていたが、何でこんなにピンポイントで高額なものばかりを頼むんだ? 値段がないのに、おかしくないか? 超能力?」
「あら、飲み足りませんか?」
追加で注文しましょうか、と微笑み手を挙げれば、彼はぶんぶんと首を振った。
「いいや。もう財布が空だ。小切手を切る元気もない」
「それはよかったです」
ほっとしたエイヴリルは、これでもうお開きになることでしょう、とボトルキープ用の紙を準備する。
(テオドールさんとの会話、とても楽しく有意義なものでした。闇貿易商ならではの商品についてお伺いできたこと、とても新鮮でしたね……!)
その一つが、リボルバー式の銃だ。
彼は装填していないリボルバーを持ち歩いていて、「一部で高い人気を誇る商品なんだ」と自慢げにエイヴリルに見せてくれた。
銃の仕組みから、連発で発射できるものの、残りの弾発数が相手に丸見えになってしまうと熱弁する彼は、心の底から闇貿易商らしかった。
ランチェスター公爵家としては、彼を見逃すことなくクラウトン王国との取引先リストから除外できたことを安堵するが、エイヴリル個人としては、知らない世界の話にわくわくしたのだった。
楽しかった会話を振り返りながら、紙にテオドールの名前を書き、麻ひもでワインボトルのネックに結びつける。
彼はそれをぼうっとしながら見ていたものの、何かに気がついて顔を引き攣らせた。
「待ってくれ。なぜ私の名前を知っているんだ……?」
(いけません)
ハッと気がついたエイヴリルは、笑ってごまかすのだった。
「先ほど、お話しされていましたわ」
「そうだったか……いかんな。なぜか気が緩んでしまったようだ」
「こちら、シャンパン以外……残っているワインは全部保管させていただきますね。ワインがだめになるまえに、また遊びに来てくださいませ」
エイヴリルの言葉に、テオドールはぱちぱちと瞬いて、素直に頷く。
「あ……ああ。また来よう」
ギャンブラーに続き、闇貿易商の男も財布を空にして帰って行ったのだった。
(もうすっかり夜です。疲れましたね)
気がつけば、サロンには営業開始時の半分も人がいなくなっていた。当然、コリンナもいない。今夜もきっと好みの男性と出会うことができたのだろう。
楽しそうで何よりです、と今度こそ片付けをしていたエイヴリルの元に、三度目の声がかけられた。けれど、前回前々回とは違う、穏やかな声だった。
「さっき噂で聞いたんだけど、君が作る揚げた芋がおいしいんだって?」
話しかけてきたのは明らかに上流階級と思われる客だった。
歳の頃は三十歳ほど。落ち着いたトーンのブロンドヘアに優しげな瞳は、これまでエイヴリルが外の世界で関わってきた男性と似た空気を漂わせている。
「は、はい」
「僕も食べてみたいな。作ってきてよ」
それなりに至近距離で囁かれたものの、この男性はきちんと常識的な距離を保ってくれているので、不快さは感じなかった。 一瞬、ここが娼館のサロンであることを忘れてしまいそうだ。
すると、フレイヤが声をかけてくれる。ちょうど、相手をしていた客が帰ったタイミングだったらしい。
「あら、ムッシュ? その子はまだまだ赤ちゃんなのよ。これ以上あまり揶揄わないであげて?」
「だろうと思った。連続して客に絡まれていたし、裏に置いた方がいいんじゃないかな」
「本当は私たちもそのつもりだったのよ。ほら、早くお戻りなさいな」
フレイヤはこちらを見張っているロラにさらりと視線を送り牽制した後で、エイヴリルに微笑みかけた。
(フレイヤさんはさすがです。ベテランの売れっ子なだけあって、ロラさんも彼女には強く出られないようです)
「ありがとうございます、フレイヤさん」
エイヴリルがしっかりとお辞儀するのを見た二人は、視線を合わせて笑い合っている。娼婦と客、というよりは、長年の戦友というのに近い雰囲気に、エイヴリルは違和感を持った。
(このお二人は、大人の恋愛関係……というのではなく、何かの同志なのでしょうか?)
エイヴリルの視線には気づかず、紳士は小声でフレイヤに問いかけた。
「ところで、ルイーズ嬢はまだよくない状態なのか?」
「……ええ」
余裕たっぷりだったフレイヤの表情に陰りが見えた。けれどそれはほんの一瞬のことで、すぐに艶やかな笑みに戻る。
「まだしばらくは無理なの。もしよかったら、お見舞いをしていってあげて。あなたがきてくださったらルイーズもきっと喜びますわ」
「そう言ってもらえるのはありがたい。顔を見ていこう」
(……ルイーズさん、ってどなたでしょうか?)
聞いたことがない名前だし、まるでこのベル・アムールに長期で療養が必要な病人がいるかのような会話でもある。
しかし、この三日間ずっと洗濯場や厨房で働いてきたエイヴリルは、病人用の食事を作った記憶はないしシーツを交換した記憶もなかった。
つい二人の会話に聞き入ってしまうと、それに気がついたフレイヤがああ、と閃いたようだった。
「ちょうどいいわ。ルイーズのところにはその子を連れていって? 芋をおいしく揚げるのが得意って聞いたでしょう。もしかしてルイーズが食べられるものを作れるかもしれないわ」
「そうか。期待できるね」
自分のことだと気がついたエイヴリルはぴたりと止まって返事をする。
「は、はい。お供します……?」
事情がよく見えないものの、エイヴリルは見知らぬ紳士とともにバックヤードへと戻ることになったのだった。




