6.
多少申し訳ない事態にはなったものの、つつがなく派手な仮面のギャンブラーは帰ってくれた。
それでは給仕担当らしくテーブルの上を片付けて裏に戻りましょう、と手を動かすエイヴリルに声をかけるものがあった。
「さっきのお肉。食べっぷりがよかったね」
それは、別のテーブルで他の女性に接客してもらいつつ、エイヴリルとギャンブラーの話を時おり冷やかしていた小太りの男だ。エイヴリルは笑みで応じる。
「ありがとうございます」
「次はこっちへ来て座ってくれないか。もうステーキは食べられないだろうから、君にもボトルを入れよう」
「ですが私はこのように裏方担当でして」
「そうよ。この子が裏に戻ってくれないと、まともな食事が出て来ないのよ」
困惑したエイヴリルを見て、先にテーブルについていた女性が援護してくれる。
さっきから、コリンナが『私の獲物に手を出さないで』と周囲を牽制しまくっているのが聞こえるが、この女性は違う。心の底から、まともな食事を取りたいだけだろう。目が本気だ。エイヴリルもその期待には応えたかった。
「ということで、これにて失礼を……」
「え〜残念だなあ。君は面白そうだから、君と話せるならいくらでも金を出そうと思っていたのに」
男がそう言ったところで、店内のカウンターからこちらを見守っているロラからの鋭い視線を感じた。金、という言葉を聞きつけたらしい。
見ると、先ほどと同じように、厨房は任せろ、給仕も任せろ、片付けも任せろ、お前は絶対に席を立つな、と身振り手振りで伝えてくる。
(ロラさん、話が違いますが……⁉︎)
ちょっと本当に待ってほしい。
泣きたくなるエイヴリルだったが、さすがにここで逆らうわけにはいかない。しぶしぶ席につくことになってしまった。仕方がないので、男の身なりを観察する。
(こちらの方、おそらく貴族と縁のある方ですね。ご当主ではないですが、お召し物に使われている生地が普通の富裕層では手に入らないものです)
「これは、クラウトン王国の一部の地方で限定的に生産されている織物でしょうか……」
うっかり口に出してしまうと、男は目を丸くした。
「よくわかったな! そうなんだよ。見抜かれたのは初めてだ」
「ここ最近で流通するようになった生地ですね。程よい光沢があり、見た目も上品で華やか。それでいて肌触りが抜群に良いのが特徴です。ですが、まだまだ入ってくる数は少なく、手に入れるのは難しいと」
思わずスラスラと話したエイヴリルに、男は大変気を良くしたようだった。意気揚々と続ける。
「少し前に、国王陛下の采配によりクラウトン王国との国交が正常に戻っただろう? そのおかげで、うちの商会に追い風が吹いてきた。このスーツの生地は今後うちの目玉商品になっていくさ。もう少し経てば、どんなに高値をつけたってこの生地を買いたい人間で行列ができる」
(なるほど。この方は貿易商ですか)
クラウトン王国の鉱山の再開発には、ランチェスター公爵家も関わっている。隣国の開国に際して尽力したのがランチェスター公爵家であり、その関係で、国王リステアードからは絶大な信頼を得ていた。
そのような経緯から、ランチェスター公爵家ではクラウトン王国の商会と新たに貿易を始めたい者たちのデータを取りまとめたのだった。しかも、エイヴリルはその実務を担当したため、リストを見たことがある。
だが、一点だけ疑問が浮かぶ。
(おかしいですね。この織物の販売を許可したのは、王妃陛下になられたアレクサンドラ様のご実家、リンドバーグ伯爵家に連なる貿易商のみだったはずです。ほかの商会はリステアード陛下が出した条件を満たせませんでしたから)
となると、彼は審査に落ちた貿易商の中のどれかの経営者だ。そして、裏ルートでこの織物を仕入れ、販売する闇業者ということになる。
けれど、それでもこの男がランチェスター公爵家と関わったことには変わりない。
(おそらく、この方に私がエイヴリル・ランチェスターだと伝えれば、何らかの形でディラン様のお耳に入ることでしょう。ですが)
エイヴリルはちらりとカウンターを見る。ロラはいなかった。チャンスだ。希望を持ったエイヴリルだったが、そううまくいくはずもなかった。
「余計なことを話すんじゃないよ」
後ろから耳元で囁かれて、ぞくりとする。
(ロラさん、後ろにいらっしゃったのですね……!)
「もちろんですわ」
にっこりと笑って応じれば、ロラは歪んだ笑みを浮かべて遠ざかっていく。間一髪、危ないところだった。
「どうしたんだ?」
「いえ、何でもありませんわ」
この店にはきっとエイヴリル以外にも訳ありの女性が大勢働いているはずだ。
彼女たちの情報が表になかなか出ることがないのは、この街が閉じられた場所であるほかに、こうやってロラが厳しく目を光らせているからなのだろう。
(改めて、ロラさんを甘く見てはいけないですね)
軽率な振る舞いを反省したエイヴリルは、方向を転換することにした。
(今ある情報から推測すると、この男は半年ほど前の審査に落ちた貿易商、テオドール・モントルイユさんの可能性が高いです。当時は利益に対して資産が少なすぎることが問題視され、取引は見送られたのですよね)
公爵家の書斎に回ってきた決算書の数字では、かなりの利益を出している新興の商会のはずだ。しかし、経営が健全ではないだけではなく、裏社会や犯罪組織との繋がりも危ぶまれて保留となったのだった。
つまり、彼には多少無理なおねだりをするぐらいがちょうどいいのではないか。
(申し訳ありませんが、背に腹は変えられません……!)
斜め上の方向に決意したエイヴリルはメニューを手に取った。
「では、いくらでもお金を出してくださるということでしたので」
遠慮がちに切り出すと、テオドールは余裕たっぷりにふんぞり返ってみせる。
「ああ大丈夫だ。さっきのテーブルで頼んでいたみたいに、熟成肉でもロブスターでもフルーツ盛りでも何でも頼みなさい」
「では、こちらのシャトー・オルフェウスのヴィンテージをお願いします」
「なんて? なんでこっち来たら急に酒頼むの?」
テオドールが目をかっと見開いた気配がする。
けれど、この店のメニューの中で一番高いシャンパンをオーダーしたばかりのエイヴリルはさらに続けるのだった。
「それと、こちらの女性には同じ銘柄のロゼをお願いしますね」
「わぁ、ありがとう。でも、高級シャンパンはおいしくいただくけど、これはあんたの売り上げにしていいわよ」
「いえいえそんな」
「いいのよ。あたし、お酒は好きだけど人と貸し借りするのはなんか嫌で。だめよお、こういうのはちゃんとしないと」
テーブルの主をそっちのけにして二人で譲り合っていると、なぜかテオドールは毒気を抜かれたようだった。やけになって叫ぶ。
「……わかった。男に二言はない。両方ボトルでもってこい!」




