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無能才女は悪女になりたい~義妹の身代わりで嫁いだ令嬢、公爵様の溺愛に気づかない~(WEB版)  作者: 一分咲
六章

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5.

 完全に予想外の展開だった。


 エイヴリルは「私には厨房と給仕という大切な業務がございまして」と何度も辞退したのだが、メイド服を特殊な趣味を持つ客向けのサービスと勘違いしたらしい男は、「設定通りに演じてるのか。新人なのにプロ意識高いよ。優秀、優秀」と褒めてチップまでくれた。


 そうしてエイヴリルの隣に座り、上機嫌に酒を飲んでいる。


 お金のチップはいいので早く芋のチップを揚げに帰りたいと思っていると、ロラに睨まれた。厨房は任せろ、給仕も任せろ、片付けも任せろ、お前は絶対に席を立つな、と身振り手振りで伝えてくる。


 ついでに、周囲の女性たちが食事のメニューをさりげなく隠し始めた気配も伝わってくる。厨房には今、元御者のシェフしかいないと悟ったようだ。


(うっ……ロラさん、接客はしなくていいと仰ったじゃないですか……!)


「何?」

「いいえ、何でも」


 男への外面を慌てて取り繕いながら、エイヴリルは引き攣った笑みを浮かべるしかない。


 揺るぎない守銭奴の娼館主ロラの裏切りは想像の範囲だった。信じた自分が馬鹿でした、と反省しつつ、エイヴリルは作戦を立て直すことにする。


(あれですよね……この方のお財布をすっからかんにしてしまえば、今日はこのままお帰りいただけますね……?)


 娼館遊びは未知の世界ではあるが、たとえどんな取引であっても、先立つものがなければ始まらないのはわかる。


 ということで、エイヴリルの頭の中にはベル・アムールのメニュー表が浮かんでいた。幸い、エイヴリルはこの店のメニューを初日に価格まで含めて丸暗記していた。


 客用のメニューに値段は載っていない。これは、エイヴリルにとって大きなアドバンテージである。


(お金をたくさん使っていただいて、早くお帰りいただくのが正解です……!)


 決心しつつ、客用のメニューをしげしげと眺めていたエイヴリルに、男は余裕を見せた。


「何でも好きなものを頼んでいいぞ」

「ありがとうございます。では」


 エイヴリルは一番下、群を抜いて高価なメニューをすっと指す。


「こちらの、お肉のステーキをお願いします」

「に、肉⁉︎」


 男の声が少しひっくり返った。


「な、何か粗相がありましたでしょうか……?」

「いや、シャンパンか高級酒のカクテルでも頼むんだろうと予想したのに……普通ここは飲み物を頼むところじゃないのかよ」


(そ、そういえば⁉︎)


 慌てて周囲を見回してみると、皆のテーブルの上にはステーキはない。


 けれど、お酒が飲めないエイヴリルは、高価なボトルを頼むことができない。となると、食事のメニューに頼るしかないのだ。幸い、熟成肉のステーキはとんでもなく高額だった。お腹いっぱい食べればシャンパン一本ぐらいにはなる。


「私はお腹が空いておりまして。三枚、お願いします」

「しかも三枚」

「な、何か失礼を……?」


 財布を空にしたいことがバレてしまったのかもしれない。あわあわと弁解したエイヴリルだったが、男は違う意味で頭を抱えたようだった。


「俺、この店には久しぶりに来たんだが、こういう妙なサービスをするようになったのか。おかしいと思いつつ嵌りそうな自分が怖いわ」


 エイヴリルの振る舞いを風変わりな新手のサービスだと勘違いしているらしい男は、周囲を見回し警戒している。しかし、当然誰もそこにはいない。


 しばらくして、肉の端が炭化したステーキが運ばれてきた。皆が恐れている元御者シェフの力作である。よく焼けた肉が好きなエイヴリルだが、さすがにこの焼き加減は少々焼きすぎだ。けれど、普通においしく食べられる範囲だはと思う。


(端の部分はあとで庭の花の肥料にすればいいですね。豪華で、お花も喜ぶことでしょう)


 と思っていると、男はエイヴリルのフォークを奪い取り、炭を食べてくれた。しかし、口に入れた瞬間うっという顔をする。


「君はチャレンジャーだな。ここのシェフの料理は最悪だって噂だぞ。ステーキ三枚は読みを外したが、こっちの味は読み通りだ、マジでまずい」

「……私はおいしいと思うのですが」

「大丈夫かよ……何もかも予想を超えてくるタイプは初めてなんだが」


 男は頭を掻きつつ、お手上げとでも言うように羽根付きの派手な仮面を外した。すると、仮面の向こうからは、粗暴な話し方から想像できないほど知性的な顔立ちの男性が現れたのだった。


 ブルネット混じりのくすんだブロンドに、褐色の瞳。社交界では見たことがない顔だ。とりあえず、焼きすぎたステーキをおいしくいただくエイヴリルに、男は身の上話を始める。


「俺、ギャンブルで生計を立ててるんだけど、最近、負け続けてさぁ。正攻法で行っても、裏をかいてもだめ。神様に見放されちまった、なんて思ってたんだが」

「それはお辛い思いをされましたね」


 気休めにもならない言葉で申し訳ない、と思いながら相槌を打てば、彼はぼんやりとどこか遠くを見る目をした。


「君みたいな相手に正攻法でも無理なんだよな……。なんつーか、ほんと自分の器の小ささを思い知った気がするわ。ヒントを得た。なんか、ありがとな」

「その……私はギャンブルにはまだ理解が浅くて、すみません」


 ステーキ三枚でここまで話が飛ぶとは思わなかった。なぜこんな話になっているのかわからず、慌てて謝罪するエイヴリルだったが、男は止まらなかった。まるで自分自身に言い聞かせるように、じっくりと呟く。


「君は戦わないのに、最後の最後で勝つタイプだもんな。俺の分野でいうと、天才的な閃きから勝利を手にするタイプか。度胸も十分だ。圧倒的不利な状況でも、すべてを惹き寄せる力がありそうだ。いいか。度胸っていうのはな、本当に大事なんだよ」

「わか……わかります?」


(本当にこれは何のお話でしょうか?)


 彼が褒めてくれているのはわかるが、自分には何一つ心当たりがない。仕方がないので、エイヴリルは勝負事の極意に関する話を聞きながら、ステーキをおいしくいただくことにした。


 三枚はさすがに量が多いかと思ったが、守銭奴のロラが極限まで一枚あたりの量を減らしてくれているおかげで、無事にエイヴリルのお腹におさまったのだった。




 自分の身の上話を散々し、満足したらしい男は、グラスに残っていた酒を飲み干すと立ち上がり、ニヤリと笑う。


「財布、すっからかんになったから帰るわ。うまい酒を飲ませてもらった」

「……!」


 何もかも見透かしたような笑顔に、エイヴリルはごめんなさいと叫びたくなったのだった。


(お財布を空にしてお帰りいただこうという作戦、完全にバレていたようです……!)


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