4.
それから数時間後。
今夜もまた、ベル・アムールの営業が始まった。サロンに置かれたソファには着飾った娼婦たちが座り、客との会話を楽しんでいる。
これという馴染みの娼婦がいない客は、サロンの中を歩き回っては気になる女性に話しかけ、品定めをしているような雰囲気だった。
(ですが……?)
飲み物を提供するため、グラスが乗ったトレイを持ちサロンを歩くエイヴリルの視線は一点に釘付けだった。その先は、もちろんコリンナである。
捕食者そのものの彼女を遠巻きに見るようにして、連れ立って来店している紳士たちの訝しげな会話が聞こえてくる。
「あれはなんだ……?」
「新人らしい。だが、五階の奥に部屋を持っているという噂だ」
「どういうことだ?」
皆からの注目を浴びるコリンナは、真っ赤なドレスを纏って階段の踊り場に立ち、腕組みをしてまるで女王様のような姿勢で周囲を俯瞰していた。
昨日、このサロンでびくびく怯えていた自分が情けなくなるほどの別世界。どう見ても、コリンナは品定めをされる側ではなく、しっかり選ぶ側である。
昨夜の鮮やかな振る舞いを思い出せば納得するのだが、今のエイヴリルには、どうしても納得できないことが一つだけある。それは。
「あのドレスはどうしたのでしょうか」
コリンナは身一つでここへやってきたはずなのだ。替えのドレスなど持っているはずがない。思わず呟けば、通りすがりの娼婦が教えてくれる。
「午後に届いたらしいわよ。昨夜の客のお父様からですって」
「⁉︎」
(昨日のシモン子爵家のアベル・シモン様のお父様、ということは……シモン子爵ご本人から⁉︎ 息子の遊び相手に贈り物? なぜそんなことになるのでしょう???)
情報量が多すぎて頭がパンクしそうだ。けれど、彼女はくすくす笑いながら教えてくれる。
「ここではね、通う回数を減らすために贈り物をするシステムがあるのよ。昨日の殿方がお父様にご紹介したんじゃないかしら? ちなみに彼女、ドレスだけ受け取って手紙は破り捨て、返事は書かなかったみたいよ。貢がせるだけ貢がせて無視なんてすごいわよね」
この説明もまた情報量が多すぎてエイヴリルは目を泳がせた。
(昨日、アベル様がコリンナに払った金額は、到底子爵家の三男に支払えるものではありませんでした。つまり、お父上に代金を肩代わりさせるためにコリンナを紹介すると……⁉︎ どうしてそんなことに!?!?!?)
アベルから十回通った分の代金を貰い、カフスボタンと時計を貰い、さらに父親からドレスまで貰ったとは。
しかも、袖にされたことでむきになった父親がさらなる贈り物をしてくる可能性もあると思えば、一石何鳥なのかもう数えきれない。あまりにも別世界すぎて、頭がくらくらする。
踊り場からサロンにいる客を品定めするコリンナが、女王様のように見えてきてしまった。
(さすが本物の悪女です!)
うっかりそのまま平伏しそうになったところで、肩を叩かれる。
「君、あの子とそっくりじゃないか?」
振り返ると、今夜の遊び相手を品定めしている紳士がいた。年頃は三十代半ば、貴族ではないのは一目でわかる、遊び慣れた雰囲気の男だ。
羽根で飾られた派手な仮面をつけ、派手なスーツを着て、粗暴な身のこなしで馴れ馴れしく顔を寄せてくる。
できることなら今日は厨房係と給仕係に徹したいエイヴリルだが、さっき見たばかりのコリンナの様子が刺激的すぎた。
本物の悪女の足元にも及ばない自分が、彼女にそっくりという褒め言葉を受け入れるなんて、あの女王様に不敬かもしれない。そう思うと、男の言葉を肯定するわけにはいかないのだった。
「い、いいえ! 髪の色が同じというだけで、よく見ると似ていませんわ。女王様と下働きのメイドぐらい差があります……!」
「確かになぁ」
じろじろと見比べられているのは気のせいだろうか。
「すみません……力及ばず残念です」
つい本音で肩を落とすと、羽根つきの派手な仮面の男は、なぜかエイヴリルに興味を持ったようだった。好奇心に満ちた瞳で聞いてくる。
「で、君は新人? あの女王様は圧倒的なオーラがあって遊び慣れているのがわかるし、読みきれないから近寄るのはやめとくかと思ったんだが……君は初めて見る顔だな」
「えっ?」
「何でそんなメイド服を着ているんだ? 似合いすぎだろ」
速やかに裏へ戻るつもりが、矢継ぎ早に問いかけられて思わず会話に乗せられてしまった。そして、褒められてしまったのでお礼を言わないわけにはいかない。
「よく言われますわ。お褒めいただき感謝申し上げます」
「がははは。いいな」
すっかり定番となってしまった褒め言葉に深々と頭を下げれば、男は豪快に声を上げて笑う。それから、エイヴリルの手を引いてソファに座らせたのだった。
「おい、ここに酒を持ってこい。たまにはこんな日があってもいい。今夜はこのメイドさんと飲むことにするぞ」
(え……ええええ⁉︎)




