プロローグ
「……エイヴリル?」
からりと晴れた空が気持ちいい午後。
王太子夫妻が結婚後初めて主催する茶会で、妻の姿を見失ったディランは異変を感じていた。ついさっきまで同じテーブルについていたはずのエイヴリルがどこにも見当たらないのだ。
(おかしい。誰かへの挨拶のために席を外したにしろ、こんなに長く席を空けることはあり得ないはずなんだが)
ディランがついている席は、王太子ローレンスの隣だ。主催者である彼らの席が会場全体を見渡せる位置に配置されているのは当然のことであって、この位置からは茶会の会場になっている中庭が俯瞰できる。
しかし、どこを見ても妻の姿は見えない。つまりそれは、エイヴリルがこの会場にいないも同義である。
平静を装いつつも落ち着かないディランを見て、アレクサンドラも異変を感じ取ったようだった。
「ディラン・ランチェスター公爵閣下?」
「いや。エイヴリルの姿が見えないと思いまして」
「私も気になっていましたのよ。ご自身で探したいところでしょうけれど、今のところは侍女に探させますわ」
「ありがたく存じます」
アレクサンドラの一声で、数人の侍女やメイドたちが中庭から散っていく。一部始終を見ていた王太子ローレンスは苦笑してみせた。
「大丈夫だろう? 彼女は子供じゃない。それどころか、社交においてはかなり上手だ」
「そのはずなんだが」
ここは王城。この国で最も警備が厳重で、安全な場所のはずだ。しかも、今日ここに集まっているのは王太子夫妻からの覚えがめでたい貴族ばかり。何かあると思ってしまう自分の方がおかしいのだ。
自分の過保護っぷりを自覚し、「考えすぎかもしれない」とため息をつくディランに、ローレンスはいつもと変わらない笑みを向けた。
「おまえは、奥方のことになるとクールな表情が一気に崩れるな。面白い」
「……うるさい」
赤面し、つい素に戻った言葉を漏らせば、ローレンスが高らかに笑い声をあげたのだった。
しかしその日、エイヴリルは茶会の会場に戻らなかった。
それどころかランチェスター公爵家のタウンハウスにも戻らず、忽然と姿を消してしまったのである。
6章、書き終わってはいるのですが、不定期更新になる予定です。
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