47.
二人で洗濯をしながら、世間話が弾む。
「あんた、めちゃめちゃ手際がいいね。新人が来るって聞いてなかったからびっくりしたけど、あまりにも働きがいいから、びっくりしちゃった。前はどこで働いてたの?」
「ええと……一区で」
咄嗟に嘘をつくこともできず、エイヴリルは本当のことを話す。すると、同僚はうまい具合に解釈してくれたようだった。
「一区? じゃあ、お貴族様のお屋敷のメイドかぁ。道理で仕事できるわけだ。昨夜の芋がおいしいって評判だったし、フルーツの切り方も高級感あるってお客の間で評判になったみたいだよ。今朝の朝食もおしゃれだ、ってトップ人気の嬢たちから褒められたみたい」
「まぁ、うれしいですね。ありがとうございます」
働いたことを褒められると、素直にうれしい。声を弾ませてお礼を伝えると、同僚は思い出したように表情を曇らせた。
「できる新人といえば……ロラさんが新人がいないって騒いでいたんだけどさ」
「そうなのですか? 私、一度指示を仰ぎに行った方がいいでしょうか」
「ううん、あんたのことじゃないと思うよ。探してるのは、娼婦の方の新人だって」
「へえ……?」
娼婦の方の新人。エイヴリルは自分がどんな目的で雇われたのか知らない。
けれど、状況と合わせて考えると、少しだけ心がざわついた。その様子を見ていた同僚も同じようだった。顔を引き攣らせる。
「あれ。もしかして、あんた、今朝新聞配ったり手紙を選別したりした?」
「……はい、しましたね?」
この娼館での一日の流れがよくわからなかったエイヴリルは、皆より随分早く起床してしまった。流れで郵便物と新聞を受け取り、いつも通り選り分けて配布した。それだけのことだ。
なぜこんなことを聞かれるのだろう、と不思議な気持ちになるエイヴリルだったが、同僚はさらに顔を引き攣らせた。
「待って。やっぱりその新人って、あんたじゃない?」
「えっ」
エイヴリルが手にしていた洗い立てのシーツが、洗濯桶の中に落ちたのだった。
(何かおかしいとは感じていましたが……そういうことだったのですね)
同僚によってロラの前に引き出されたエイヴリルは、申し訳なさに小さくなっていた。張り切って働きますと宣言したはずなのに、ひどすぎる失態である。
(どうやら、私は大きな勘違いをしていたようです。私は掃除や洗濯のために雇われたのではなく、接客のために雇われたのですね。まずいです。その中でのこの失態は、こ、殺される可能性があります……!)
昨日、唇に人差し指を突きつけられた時の刺すような殺気が思い出されてぞっとする。
失敗してしまいました、と怯えるエイヴリルだったが、一方のロラはどういうことなのか不自然にへりくだっている様子だった。昨日の初対面のとき、エイヴリルを脅してきたのとはあまりにも違う。
お互いに震えそうな二人。先に口火を切ったのはロラの方だった。
「あれからあたしは、悪女エイヴリルの話を調べたんだよ」
「それは……も、申し訳……」
「あんた、すごい女だそうじゃないか」
「え?」
床におでこを擦り付けて詫びる構えのエイヴリルだったが、ロラは意外なことを言い出した。
「王都にはほとんど出没していなかったらしいけど、田舎の遊び人の中では、仮面舞踏会に現れるピンクの髪に紺碧の瞳の可憐な悪女のことを知らない人間はいなかったよ。生まれ持った雰囲気は清楚なのに、完璧な悪女として着飾っていて、振る舞いや遊び方も悪女そのもの。あらゆる遊びを好み、娼婦より娼婦らしいという評判まであった」
(コ、コリンナ……!)
ロラが言っているのは間違いなくコリンナのことだ。
しかし、エイヴリルには大勢の殿方を同時に手玉に取ることも、財産全てを巻き上げることも、それでいて後腐れなく相手を捨て去ることも、何もかもできない。
あまりの評判に、頬を染めてあわあわとしていると、その様子を見つめていた娼婦たちの間に妙な空気が流れ始めた。彼女たちの心中は「この新人、挙動不審すぎる」こんなところだろう。
しかし、何かに追い詰められている様子のロラは、目の前のエイヴリルのことも、娼婦たちの動揺も目に入らないようで、続ける。
「だが、彼女には一つ弱点があった」
「弱点……?」
コリンナの悪女的な弱点は初耳である。思わず問いを返すと、ロラは真剣な様子で頷いた。
「ああ。それは、ものすごく気分やで、それまでどんなに気に入っていた愛人でも、ある日突然、あっさり捨てるらしいんだ」
「あ、それはそうですね」
コリンナの性格をよく知っているエイヴリルは思わず頷く。それがまた、ロラの神妙さに拍車をかけたようだ。やはり、と確信を強めたロラは勢いよく頭を下げる。
「あたしが悪かったよ」
「⁉︎ いえ、あの、私は何も――」




