45.
ブランヴィル王国の王都ベイズリーは、一区から二十四区まで細かく分けられている。王宮の近くほど高級な区域になり、一区から三区は貴族のタウンハウスが建ち並ぶエリアだ。
ランチェスター公爵家のタウンハウスも当然一区にあり、エイヴリルは普段一区を拠点にして暮らしている。この『娼館』がある十一区は比較的治安がよく、中流階級の平民が買い物をする場所だった。
(けれど、十一区にこんな場所があるなんて知りませんでしたね?)
エイヴリルが売られたのは、『ベル・アムール』という歴史ある『娼館』らしい。
それぞれの館が高い塀で隔てられているため街の様子は窺えないが、この街には似たような館が大小合わせて五十以上あるということだった。
マダムの話によると、この『ベル・アムール』の客のほとんどは貴族と富裕層の商人たち。時には王族も訪れることがある、十一区の中でも特に格式高い『最高級娼館』なのだという。
エイヴリルをここに売った男は、女性を売り買いする専門の商人で、貴族とも繋がりがあるらしい。その伝手でエイヴリルをここに売り、マダムもいつもの流れで不幸な娘を買ったのだった。
マダムにとっていつもと違ったのは、ここからだった。
男から託された注意書きには、エイヴリルがこの国の貴族『ランチェスター公爵夫人』であることがしっかり書き記されていた。
いつもなら、既往症や教養について羅列してあるはずの書面に『公爵夫人』と書いてあったのだからびっくりである。
華やかなサロンからバックヤードに案内され、粗末な椅子に座らされたエイヴリルはマダムの前で姿勢を正す。
「それで、私はここで何をすればいいのでしょうか……?」
「まずは、あんたは家名を絶対に言うんじゃないよ。うちには王族貴族のお客が大勢いる。公爵夫人を買ったなんて知られたら、自分の素性がバレることを恐れたお客たちがサッと引いていくからね。商売上がったりだよ。だが、こっちが知らなかったとなれば話は別だ。問題ない」
なるほど、と頷いたエイヴリルは問いかける。
「それなら、私を元の場所に帰してはいただけませんか? あの商人の方が受け取った金額がいくらなのかわかりませんが、おそらくお支払いはできると思うのです」
エイヴリルには、いろいろなラッキーが積み重なったことで生じた財産がある。
なお、どんな大金でもディランが払ってくれそうではあるが、そんなことを伝えれば公爵家ごと強請られる可能性がある。ほんの少し考えた上で、言わないでおいた。
エイヴリルの言葉に、マダムは歪んだ笑みを浮かべる。
「だろうねえ。あんたの家は大金持ちだ。だが、有名な悪女であるあんたは、うちにとってそれ以上の富を生む可能性があるんだよ」
妖艶な外見に似合わない、品のない微笑みで彼女は続ける。
「あんたをここに紹介したっていう貴族はうちのお得意さんでもある。懇意にしていて尽力してくれるお得意さんの不名誉な噂をばら撒くわけにはいかないからね。家名は名乗らず、しっかり働いてくれよ」
この言い方では、誰かにこの境遇を訴え出たとしても握りつぶされる可能性が高いだろう。それは、誰か知人がこの娼館の客としてやってきた場合でも不安な気がした。
だって、エイヴリルは十一区にこんな場所があったなんて知らなかったのだ。つまり、それはこの街を訪れる客の口が固いということでもある。
(状況は把握しました。今、私にできることはここで周囲の皆さんの信頼を勝ち取って動きやすくし、機を待つことだけです。絶対にディラン様が私を探してくださっているはずですから)
決意したエイヴリルは、顔を上げる。
「私、一生懸命働きますね、マダム!」
「お、おう……物分かりがいいね」
予想外に前向きなエイヴリルに、マダムは「お願いだからマダムはやめとくれ」と顔を引き攣らせた後、『ロラ』という名前を教えてくれたのだった。
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