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無能才女は悪女になりたい~義妹の身代わりで嫁いだ令嬢、公爵様の溺愛に気づかない~(WEB版)  作者: 一分咲
五章

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44.

 ごつん。


 何かが止まった反動の衝撃で目を覚ますと、目の前に木の床があった。


「ほほは……?」


 周囲を見回しながら思わず声を発したものの、口に布を噛まされているようで、くぐもった声になる。どうやら、ここは荷馬車の荷台のようだ。


 そこにエイヴリルは手足を縛られた状態で転がされていた。他に荷物はない。ロープだけが転がっていて、これは人を運ぶ専用の荷馬車なのかもしれない。


(どれくらいの間、私は気を失っていたのでしょうか?)


 新国王即位に伴う式典の緊張感が残る中での誘拐だ。きっと用意周到に行われたことなのだろう。


(王妃陛下主催のお茶会には、当然ボードレール侯爵家も招待されていました。侯爵家が絡んでいるのなら、警備は潜り抜けられますし、発覚しにくいはずです)


 おそらく、薬で気を失わされた自分は、箱か何かに入れられて荷物として運び出されたのだ、と推測する。


 ここ最近の王宮には、ブランヴィル王国中、そして隣国からも数々のお祝いの品々が届いていた。それらの贈り物の中に紛れこまされたら、女性一人の誘拐などなかなか気がつかないだろう。


 この事件の発覚は遅れそうだ、と判断したエイヴリルは、とりあえずいつものように手足の縄を解いてから口布を外した。エイヴリルには、子供のころに縄抜けに嵌った過去がある。それは、折檻で閉じ込められた際の暇潰しから派生した特技だった。


 自分が育ってきた境遇が不幸寄りだということはわかっている。けれど、面倒な事件に巻き込まれることが多くなった最近では、あらゆることを身につける機会をくれた継母に感謝するべきなのかもしれないと思い始めているところだ。


(ありがたい……いいえ、いけません。のんきに感謝している場合ではありませんね)


 とりあえず体勢を整え、怪我をしている場所はないか全身を伸ばしつつチェックしているところで、荷台の扉が開いた。外の明るい光が差しこんでくる。


「ん?」


 想像通り、荷台を覗き込んできたのはエイヴリルを誘拐したキトリーではなく、見知らぬ男だった。それなりに綺麗な身なりをした、商人のように見える男だ。


 男は、縄を解いて手足を伸ばしているエイヴリルを認めると、ぎょっとした。


「お前、なんで縛られてないんだ?」

「ええと、その……縄が緩かったようです。もしかして、慣れない方が結んだのではないでしょうか?」


 勝手な情報を混ぜつつ問いに答えれば、男のほうも勝手に納得したようだった。


「あー、貴族のお嬢さん方が縛ったんだもんな。それは時間が経てば解けちまうよな」

「ええ、そう、それです」

「お前、随分落ち着いているな。騒いだり逃げようとしたりしないのか? まぁ、とにかく荷台を降りろ」


 男の言葉に従って、エイヴリルは粛々と荷台を降りる。


(この方がおっしゃる通り、逃げたいのは山々なのですが)


 エイヴリルの視界には、貴族の住まいと思われる小綺麗な館が立っていた。


 荷馬車の床に転がされていたにもかかわらず、あまり全身が痛くないことから、攫われてまだ時間が経っておらず、ここは王都の中なのだと想像がつく。


 けれど、この館は貴族のタウンハウスにしては庭が小さいし、うまく言い表せないのだが、知らない空気が漂っている。まるで作り物のような屋敷の姿は、エイヴリルが初めて見る類のものだ。


 どこへ逃げたらいいのかわからないし、今ちらりと見たところではこの屋敷の門は厳重に施錠されている。おそらく、馬車の出入りの時にしか開かない仕組みにしてあるのだろう。


 加えて、屋敷をぐるりと囲んでいる塀の前には、見張りらしき男たちが立っていた。王宮並みの警備に、驚いてしまう。となると、何の策もなしに逃げ出すのは全く得策ではなかった。何よりもまず、この状況では三秒で捕まると思う。


(ここは一体どこなのでしょうか……?)


 そうしているうちに、初めに声をかけてきた男とは違う男に背中を押された。どうやら、屋敷の中へ入れということらしい。また手を縛られて解き直すのも面倒だと思い、大人しく従うことにする。


 足を踏み入れた屋敷の中は、エントランスホールがなく、いきなりサロンになっていた。


 大理石の床にベルベット生地の高級そうなソファがたくさん並び、真っ白いピアノと重厚な暖炉が置いてある。

 飾ってある調度品や美術品の中には、わかりやすいレプリカもあるようだ。


 本物も置きつつも、豪華さ重視なのだろう。しかし、これだけのレプリカを集めると言ったらそれはそれで大変なことだ。


(私の実家、アリンガム伯爵家でさえ、偽物は置きませんでしたからね……)


 これまでに関わったことがない空気感に、嫌な予感がする。


 その豪華なサロンでは、『マダム』という表現がぴったりの妖艶な女性が待っていた。目の前に押し出されたエイヴリルを見て、大袈裟に目を丸くする。


「あら。随分な上玉じゃないの。かなり整った顔してるし、これは清楚な女が好きな貴族の客に人気が出そうだよ」


 マダムは訳のわからないことを言いながら、エイヴリルの肩を押してくるりと後ろを向かせ、全身をチェックした。後頭部から踵までじっくりと視線が走った後、鎖骨と頬の辺りをじとりと撫でられる。


「スタイルも悪くないね。それに、この絹のような肌……。うん。随分な上玉、以上にとんでもない掘り出し物だねえ、これは」

「仲介人の話によると、この女は有名な悪女だそうで。『ベル・アムール』に置いたら、いい客寄せになるんじゃないですかね」


「この清楚な子が有名な悪女? 本当かい? ……でも有名な悪女っていうなら、これぐらいのギャップは当たり前なのかねえ。……うんいいね、これで買うよ」


 マダムは商人風の男に向かって手のひらをパーにして差し出した。数字の五を指しているのだろうか、それを見た男の表情はパッと明るくなり、へこへことお辞儀をする。


「ありがたい」

「売主からの注意書きがあれば置いていきな。金は裏の事務所でもらってくれよ」

「へい、へい。こちらに」


 男は鞄から封筒を出してテーブルの上に置くと、用件は終わったとばかりに屋敷を去ってしまったのだった。


(どうやら、私は売られたようですね……)


 それだけはわかるのだが、一体どこに売られたというのか。遠い目をするエイヴリルに、マダムは男が置いていった封筒を開けつつ、問いかけてくる。


「……あんた、有名な悪女なんだって? 名前を言ってみな。――へえ、この注意書きを見るとやっぱりお貴族様の紹介かい」

「私はエイヴリル・ラン……」


 そこまで言ったところで、先に注意書きに視線を落としていたマダムにあわてて口を塞がれた。


「⁉︎」

「くそが! ちょっと待ってな!」


 さっきまで満足げな顔をしていたマダムは、エイヴリルを突き飛ばすと封筒を握りしめたまま、屋敷の外へと走っていく。


「今の男はどこ行ったかね!」

「? 馬車を走らせていなくなりましたけど」


 門番からの当たり前のような答えに、マダムは顔を引き攣らせた。


「逃げたか! やられた! この注意書きは何だね!」

「ど、どうかなさったのですか……?」


 どうやら、男が持っていた『エイヴリルの注意書き』にはとんでもないことが書いてあったようだ。


 急に取り乱したマダムのことが気になって声をかけると、彼女は蒼い顔でこちらを見つめ、エイヴリルの口に人差し指を当てるのだった。


「いいかい? あんた、絶対に家名を名乗るんじゃないよ。……名乗った瞬間に殺してやるからね」


 全身を震わせるような殺気に、エイヴリルはひやりとした。このマダムが本気なのが一瞬で伝わったからだ。


(こちらが完全に丸腰な以上、大人しく従うしかありませんね)


 こくこくと頷けば、マダムはこちらを氷のような瞳で睨めつけた後、人差し指を下ろす。


「物分かりがいいね。ここは、十一区にある娼館街の中で最も歴史と格式ある娼館、『ベル・アムール』だよ」


「……しょうかん?」


 それは、エイヴリルにとっては未知の世界だった。


【念のためのお知らせ】

読んでくださっている皆さまには、本作の特徴としておわかりだとは思うのですが、ストレス展開にはなりません。


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