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無能才女は悪女になりたい~義妹の身代わりで嫁いだ令嬢、公爵様の溺愛に気づかない~(WEB版)  作者: 一分咲
五章

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43.

 結婚式の次の日は、王妃陛下となったアレクサンドラが初めて主催する茶会が開かれることになっていた。


「社交社交社交、茶会茶会茶会。社交茶会夜会……。この国の貴族って本当に暇よね」

「アレクサンドラ様……」


 主催しながらもうんざりとするアレクサンドラの言葉に、エイヴリルは遠い目をして笑うしかない。しかし、王妃陛下の気持ちはよくわかる。


 エイヴリルもここのところは社交疲れが出ているからだ。


(ですが、今日のお茶会が終われば、久しぶりにランチェスター公爵家に戻れます!)


 それを思うだけで、元気になるような、ドキドキして逃げ出したいような、不思議な気持ちになる。一方のアレクサンドラは、エイヴリルがどこか浮ついているのをしっかり察していた。


「あら、もしかしてランチェスター公爵と何かあったのかしら? 男女の仲が進展するようなことが」

「⁉︎ な、何も……⁉︎」


 夫婦なのだから、何かない方が逆におかしいところではある。けれど、先日の庭園での密会以来、公爵家のタウンハウスに戻るのが楽しみになっていた。


 もちろん、今日が大切なお茶会だということは理解している。王族と親しいほとんどの貴族が出席する、大規模な会だ。


(今日は、ディラン様も早くタウンハウスに帰ると伺っています。その後と、明日の予定もないと)


 サミュエルが行儀見習いを終えてブランドナー侯爵家に戻ったため、猫のブルーもいない。それは寂しいところではあるが、夫婦の寝室を二人で使える日が戻ってきたという意味でもあるのだ。


 いつのまにか熱を持った頬を両手で押さえていると。


「王妃陛下。いつも言っていますが、妻をあまり揶揄われては困ります」


 ローレンスとともにシガールームへと席を外していたディランが戻ってきた。

 そのまま、興味津々さを隠さないアレクサンドラから守るように、スマートにエイヴリルの隣へ座る。しかしアレクサンドラは挫けない。


「あら、私はエイヴリル様とランチェスター公爵の仲睦まじい惚気話をたくさんお聞きしたいだけですわ。心が洗われますもの」

「……私と彼女の二人の時間のことは、二人だけが知っていればいい。どんな言葉も他の人間には聞かせるつもりはありません。見せ物ではないのですから」

「まぁ」


 アレクサンドラは意味深に微笑んでエイヴリルに視線を送ってくる。けれど、頬が熱を持つを通り越して、真っ赤になってしまったエイヴリルにはもう何もわからないのだった。


 とはいえ、周囲の注目が自分たちに集まっていることだけはわかる。この場の空気を変えるべく、そっとディランに耳打ちをする。


「そういえば、ディラン様。先ほどご挨拶をした皆様に、『悪女の』とは言われませんでした」

「……そうか」


 ディランの表情が優しく綻んだ。その瞬間に、またざわめきが聞こえた気がする。


(悪女が好きの前は、冷酷という評判でしたから。そのどちらも、ディラン様の本当のお姿とは全く違うものです。少しずつ悪い噂が払拭できていて何よりではないでしょうか)


 さすがに、エイヴリルが悪女であることも、ディランが悪女好きであることも、依然としてまだ噂としては残っている。


 けれど、先日のランチェスター公爵領で開催された音楽祭や、エイヴリルが出仕するようになったことをきっかけに風向きが変わり始めていた。


(皆、面白おかしいことばかりを言い広めるものです。なかなか変わることはないでしょうが、いい追い風が吹いている気がします)


 そんなことを考えていると、少し離れた場所でサミュエルより少し幼い少女が手招きしていることに気がついた。


 今日は別室で小さな子供だけの会も行われているという。十歳のサミュエルはもう年齢制限により参加していないが、あの彼女はそのお茶会から抜け出してきたのだろうか。


 美しく編み込み結い上げられた茶色い髪に、淡い水色の控えめなフリルのドレスがよく似合っている。まるで小さなプリンセスのような姿。子供の頃にお茶会に参加したことがないエイヴリルの心は弾んだ。


(こんなに小さな頃から、英才教育を受けるのですね。でも、そうしなければ社交はなかなか身に付けることが難しいですものね)


 手招きをする少女は、愛らしく笑いながらエイヴリルに向かって「しー」と人差し指を口に当てている。恐らく、秘密でこの場を抜け出してほしいのだろう。


「ディラン様、少し外しますね」

「ああ」


 長くサミュエルと過ごしていたこともあり、今のエイヴリルには子供に対しての警戒心がまるでない。皆がいい子で礼儀正しく、賢く見えた。


 エイヴリルは、そのまま席を外して、庭の陰から手招きをしている少女の元へ向かう。


「何か御用でしょうか?」


 柱の陰に隠れて待っていた少女の元へ辿り着くと、彼女はにっこりと笑った。


「エイヴリル・ランチェスター公爵夫人ですか?」

「はい、そうです」


「この前、サミュエル・ブランドナー様に『子供が好きなディナー』の話を聞きました。とっても素敵だったので、ぜひやり方を教えていただきたくて」


 はにかみながら微笑む彼女の佇まいは、本当に天使のようだ。


(あのディナーのことを、サミュエルはご友人に話すぐらい喜んでくださっていたのですね! なんてうれしいことなのでしょうか)


 エイヴリルは二つ返事で了承した。


「いいですよ! まずは、ブランヴィル王国で子供に人気の家庭料理を複数準備するところから始めるんです。メニューの選定は、晩餐に出席する方々の好みに合わせて……」


 そこまで話したところで、少女は手を握ってくる。


「向こうのお部屋に、うちのシェフ数人を連れてきているんです。私では覚えきれないので、直接お話ししていただいてもよろしいでしょうか?」


 彼女が指さしたのは、子供たちのお茶会が行われているサロンの方向だった。王宮に出入りするようになったエイヴリルには、そのサロンがそう遠くないとわかる。


 あの部屋なら、ディランに報告しなくても大丈夫だろう。何より、彼女はサミュエルの友人らしい。それなら心配はない。そう思い、頷く。


「承知いたしました。ではご一緒しましょう」

「わあ。ありがとうございます」


 無邪気に喜ぶ少女と一緒に、大理石の床を歩く。


 窓から降り注ぐ午後の日差しの中、真っ白い視界にコツコツと響く足音、少しずつ遠くに離れていく中庭の楽しげな喧騒、この先に待ち受けている楽しい時間。すべてが夢のように思えてしまうほどの完璧な午後だった。


 幸せを反芻した後で、ふと気がつく。


(……そういえば、ブランヴィル王国の貴族の生まれなのに、『子供が好きなディナー』のことを知らないご令嬢はいるのでしょうか?)


 エイヴリルにとっては未経験で憧れの域だったが、それは使用人として暮らしていたせいだ。この、今自分の右手を握っている彼女は、どう考えてもそのタイプではない。


 言い表しようのない違和感が胸に落ちる。


 どうやら状況が少しおかしくはないか、と足を止めようとしたところで、エイヴリルを案内する少女はちょうど角を曲がった。


 彼女は見た目に反して、驚くほど手を握る力が強い。引っ張られるような形になりながら、エイヴリルも角を曲がることになった。


「あの……?」


 思わずよろけかけたエイヴリルは、少女に問いかける。けれど、少女はエイヴリルの声に気がついているはずなのにこちらを見ない。さっきまでの無邪気で愛らしい振る舞いが嘘のようだ。


 その代わりに、まっすぐ前を見て満面の笑みを浮かべた。


「お姉様!」


(お姉様……?)


 少女の視線を辿った先には、キトリー・ボードレールがいた。


 彼女は、先の夜会で出会った彼女は、フェルナン・ブランドナーの婚約者である。


 愛らしい顔の片方の口の端だけを持ち上げ、引き攣った笑いを浮かべたキトリーはこれ以上なく不機嫌な様子で言い放つのだった。


「もうこりごりよ。何で、あんたみたいな女にフェルナン様が惹かれているのよ。私、婚約破棄されそうなんだけど?」

「え……? どういう……」


 どうやら嵌められたようだ、しかも彼女は訳がわからないことを言っていて正気ではない。しかし気がついた時にはもう遅い。口元に柔らかい布が押し当てられて、次の瞬間には意識が遠くなっていく。


(ダメです、ディラン様……。私は今日、タウンハウスに戻らないといけないのに……)


 数秒間、なんとか耐える。


 けれど、エイヴリルはこういった薬の類にはまるで慣れていない。


 抵抗虚しく、結局は意識を手放すことになってしまったのだった。


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