23.ローレンスからの呼び出し
流行病が広がり始め、エイヴリルたちが公爵領に戻ってから三ヶ月ほどが経った。
今、エイヴリルとディランは王都ベイズリーの王宮にいる。
本当はもう少し領地でゆっくり過ごすはずだったのだが、ローレンスから呼び出しがあったため予定より早く戻ることになったのだ。
白い大理石の床と深い赤のベルベット地が豪奢な印象の応接間で、エイヴリルとディランは並んで長椅子に腰掛け、ローレンスを待っていた。
「たった三ヶ月王都を離れていただけですが、様子が随分と変わっていますね。ここへ来るまでの間も、街が寂しい感じがしました」
「まだ物流の滞りが残っているらしい。商店に十分な商品が回ってこないため、午後になると店じまいをするところが多く、街が閑散とするようだな」
「王都からの移動が制限されたせいですね」
「ああ」
ランチェスター公爵領で音楽祭が開かれた時点では、まだ流行病は二十四区に閉じ込められていた。けれど時間が経つにつれ、病は周辺の区にも広がり始め、最終的には貴族にも感染者が出始めた。
最終的には、当初恐れていた通り、国王からの勅令として移動制限が発令される事態になってしまったのだった。
王都への出入りは厳しく制限されることになり、人々の暮らしは厳しく制限された。現在、移動制限はなくなったものの、まだ流行病の名残を残す王都の姿は痛々しいものだ。
(フィッツロイ伯爵家ご夫妻のほか、貴族の方々もお倒れになって回復していない人が多いと聞きます。大変なのはこれからですね)
そんなことを考えていると、扉が開いてローレンスがアレクサンドラを伴い入ってきた。
「待たせたな。調子はどうだ」
「このタイミングで無茶な依頼を振られなければ、上々です」
「あはは。それもそうだな」
快活に笑うローレンスは、いつも通り底が知れない感じがする。エイヴリルとしては、彼と対等に接しているディランが信じられないほどだ。
そして、ローレンスはディランにいつもとんでもない仕事を割り振ってくる。
これまでにエイヴリルが同行した限りでは、仮面舞踏会への潜入や隣国への『悪女の愛人』としての訪問など、これ以上ないというレベルで珍しく面倒な仕事しか投げてこなかった。
毎回、ディランがうんざりしながらも驚かずに従っているところを見ると、これまでにもこんな仕事はたくさんあったのだろう。
(ランチェスター公爵でありながらも、ローレンス殿下からのお仕事をしっかりこなすディラン様はとても器用で優秀なお方なのでしょうね)
改めて、旦那様が有能で眩しくなった。
さて、この部屋には大勢の侍従や女官がいる。公の姿勢を崩さずに、ディランは単刀直入に聞いた。
「それで、重要な用とは何でしょうか」
「国王陛下が譲位を望んでいる」
威厳を含んだローレンスの声に、エイヴリルは息を呑んだ。ディランも同じように驚いた様子だったが、顔には出さず冷静に聞き返す。
「……それは決まったことですか」
「ああ。数日中には公表する予定だ。関連する行事や式典を速やかに行い、二ヶ月後には私が玉座につくことになっている。同時にアレクサンドラを正妃として迎える」
「それはおめでとうございます」
ディランが固い表情でお祝いを伝えたが、言葉通りの意味ではないのは、この部屋の雰囲気と声音からわかっていた。
けれど、エイヴリルには二人の会話を見守ることしかできない。アレクサンドラも同じ様子で、怜悧な印象の美貌に何の感情も浮かべず、冷静に座っているだけだ。
(ランチェスター公爵家は、遡ると王家の血筋に行きつきます。そして、この国の王位継承の規定では、直系血族が健在の場合なら王位継承順位は国王に近い順に決まりますが、そうでない場合は国王が任意の人間を王太子に指名することができる。察するに、ローレンス殿下のお話はその類のこと……)
言い表しようのない緊張が応接間を包んでいく。
一方、ローレンスを突き放したい様子のディランだったが、とうにそのことに気がついているはずの王太子は気にも留めなかった。
「現在、直系で王位継承権を持つ人間は私だけだ。そして、傍系の王族の数人が王位継承権を持っていることはお前も知っているだろう?」
「……はい」
「まだ明らかにしていないが、実は先の流行病がきっかけでその全員が辞退した。体力的な不安が原因だ」
「⁉︎ どういう……少なくとも三人はいたはずでは」
思わず声を上擦らせたディランを、ローレンスは泰然自若として見つめ返した。
「皆、疲弊した。流行病にかかったものもいる。そもそも国王陛下も疲弊し、自分の年齢を考えて、早めに譲位をしたいとお考えになったようだったな」
「わかりました。その先は聞きません。今日はここで失礼します。エイヴリル、帰るぞ」
話の向きを正確に把握し、素早く立ち上がり部屋から退出しようとしたディランを、ローレンスが威圧するような声音で押し留める。
「私は、お前を王太子に推したいと思っている」




