表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能才女は悪女になりたい~義妹の身代わりで嫁いだ令嬢、公爵様の溺愛に気づかない~(WEB版)  作者: 一分咲
五章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

229/264

17.不思議な人

 いい加減に変なことで目立ってしまった、と消えてなくなりたいエイヴリルに、フェルナンは柔らかな物腰で話しかけてくる。


「お噂はかねがね。……マートルの街には以前も伺ったことがありますが、本当に気候が穏やかで景色も美しい。素晴らしい街ですね。その上、こんなに素敵な音楽堂で演奏会が開かれるとは」

「夫が生まれ育った街です。私も領地に戻るのを楽しみにしているのですわ。今日の音楽祭も、夫やサミュエルと心を弾ませながら準備を進めてまいりました」


 どんな噂かは聞かない。けれど、エイヴリルはディランに目配せをした。ディランも微笑んで応じる。


「フェルナン殿は忙しく、今日の間にマートルの街を発つと聞いているが、音楽祭の間だけでもこの街を楽しんでほしい」

「ありがとうございます」


 恭しくディランにお礼を伝えたフェルナンは、なぜかまたエイヴリルの方に向き直る。


「ランチェスター公爵は久しぶりの領地入りで多忙でしょう? エイヴリル様は暇を持て余していらっしゃるのでは」

「? ええ。のんびりさせていただく予定です」


 音楽祭まではそれなりに忙しかったが、明日以降は暇な予定だ。それを踏まえて頷くと、フェルナンは嬉しそうに笑う。そして、なぜかまたエイヴリルだけに向けて続けた。


「もしよかったら、この街を案内していただけないでしょうか?」

「えっ?」


 一応……というか、これ以上なく既婚者のエイヴリルは目を瞬く。この会話にはいろいろつっこみどころがありすぎるのだ。


 まず、“悪女のエイヴリル”ならまだしも、このような場で既婚者が異性からファーストネームで呼ばれることはあまりない。


 そして、今日のエイヴリルは『ランチェスター公爵夫人』だ。それなのにこの振る舞いである。加えて、この街にはサミュエルもいるというのに、なぜエイヴリルを指名して依頼して来るのかもわからない。


 もしかして、彼はコリンナの遊び仲間だったりするのだろうか。記憶を遡りかけたものの、エイヴリルは早々と諦めて頭の中のコリンナのお友達名鑑を閉じる。


(残念ですが、それすら確認できませんね。だって、コリンナの交友関係は広すぎますしあらゆるジャンルの方々を網羅しているので、私には把握しきれていないのです……!)


 しかも、フェルナンの言動の不自然さには、かなり鈍めのエイヴリルでも違和感を持ったのだ。


 ディランがこの可笑しさに気づかないはずがない。夫が浮かべる笑みが凍りついているように見えるのは気のせいではないと思う。けれど。


(今日の音楽祭は私が主宰です! ディラン様にご迷惑をかけるわけにはいきません)


 自分の力でこの場を切り抜けたいエイヴリルは公爵夫人らしい笑みを浮かべた。


「お誘い、とてもありがたいことですが、フェルナン殿は今日のうちに王都に向かわれると伺っております。私も今日は身が空きませんので、誰かほかの者に依頼しましょう」

「案内してもらうのは、あなたがいいんだけどな」

「⁉︎」


 囁くように響くまるで待ち構えていたかのような答え。そして、彼はあろうことかエイヴリルの手を取って手の甲に軽くキスをした。


 ついさっき公爵夫人らしい笑みを浮かべたばかりのエイヴリルは、目を丸くして赤くなり飛びのきそうになった。


「……⁉︎」


 過去にコリンナと間違われて男性に絡まれたことは何度もある。


 けれど、この人はエイヴリル自身に興味を持ち、距離を縮めようとしているようだ。これまでにない経験に、エイヴリルはフェルナンの女性への好みを疑いそうになった。


(おかしすぎます。まさかこの方は、本当に悪女が好き、とか……?)


 自分でなんとかすると決めてからまだ五秒ほどだが、これ以上はもう手に負えない。そう思ったところで、エイヴリルが手にキスされた時点で限界を迎えていたらしいディランが割って入る。


「私の妻はブランドナー侯爵夫人と親しくしている友人です。お母上の友人と仲良くしたい気持ちはわかりますが、今日の妻は忙しい。どうか今日のところは勘弁していただけますか」


 言葉は柔らかだが、目の奥は笑っていなかった。エイヴリルはディランの言葉に含まれた棘に、ぱちぱちと目を瞬く。


(……フェルナン・ブランドナー様をものすごく子供扱いしていますね……ディラン様がこんな言い方をするのはすごく珍しいです)


 ディランの怒りを感じ取った彼は、美しい紫水晶の瞳に羞恥を覗かせ、取り繕ったような笑みを浮かべる。


「嫌だな。私は母の友人に興味があるのではなく、エイヴリル様に興味があるんですよ」

「ランチェスター公爵夫人」

「え?」

「既婚者をファーストネームで呼ぶのは失礼なことだ。家の使いとして来るのなら、貴族のマナーは守っていただきたい」


 ディランの硬質な声に、周囲の注目が集まる。


 ただの挨拶ではなく、なにか痴話喧嘩のようなものが始まってしまったと思われている気がした。エイヴリルは、内心あわあわとしながら考えをめぐらせる。


 ディランとフェルナンは初対面ではないようだが、なぜか渦中にいるエイヴリルはフェルナンとは面識がないし手紙などのやりとりもしたことはない。


 彼にこんなに馴れ馴れしくされるような覚えはないのだ。


(なぜこんな展開になっているのでしょうか?)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ナンパ野郎ですね 馴れ馴れしい奴は嫌いです
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ