13.後悔と葛藤
ディラン父(前公爵視点)です。
◇
「……まさか、今になって惜しいと思う日が来るなんてな」
エイヴリルとサミュエルのところから自分の部屋に戻ったブランドンは、忌々しげに表情を歪ませた。
普段の彼は、かつての自由奔放さが嘘のようにひっそりとこの屋敷で過ごしている。気に入った女性を集め楽しく暮らしていた別棟も、息子のディランに解体されてしまった。
大好きだった愛人たちは皆ブランドンのもとを去り、これまでの素行の悪さを知っている使用人たちには冷たくあしらわれ、不遇な余生を送り続けている。
しかし、この家の新しい主となったディランたちは王都にいる。
別棟はなくなってしまったものの、これまで通り、わからないようにして遊べばいい。そう思ってはいたのだが、さすがに一度、ヴィクトリア号での人身売買組織の一件に巻き込まれ、警察に事情聴取を受けたことが効いていた。
これ以上新たな愛人を囲う気にはならなくて、ブランドンは仕方がなく静かに暮らしているのだった。
「周りに誰もいなくなって、かつては不要だと思っていたものに価値を見出すとは……皮肉なものだな」
そんな寂しい日々を送っていたブランドンの前に、息子夫妻が戻ってきた。そして、二人は行儀見習いだという少年を連れていた。
その少年が使っていた小さな椅子は、彼よりも少し小さな頃のディランが日常的に使っていたものだった。それを見て、思わず気になってしまったのだ。
妻と息子を愛し愛され、使用人にも心から傅かれ、早くにランチェスター公爵を辞することなく、尊敬されて暮らしていたかもしれない、幸せな人生のことを。
「手に入らないものほど眩しく見えるのは、年をとったせいか……」
がっかりと肩を落としながら、窓の外を見る。
そこには、庭仕事をしようと外に出て、大きな鋏を振り回し、少年と庭師たちにあわあわと止められるエイヴリルの姿があった。しかし、庭の木はそれなりにちゃんと剪定できているようだ。謎すぎる。あれは、本当に変な女だ。
「あの女なら、簡単に絆されてくれると思ったんだが」
天然という言葉がふさわしい息子の妻は、確かに記憶力は優れているものの、人としてはどこかずれている。謎の悪女になりきっていたところなどもあり、少し突けば自分の境遇に同情するのではないかと思っていた。
それなのに、意外と頑固で全然こちらになびく気配がない。
目論見が外れてしまったブランドンは、今日も女主人の部屋を追い出されてすごすごと退散し、こうして寂しい一日を過ごすことになっている。
「老いた父親に、あいつらは冷たすぎるな」
とはいえ、自分が嫌われている理由もわかってはいる。だから、ブランドナー侯爵家との接近に助言をしたりして、少しずつ今までとは違うと思わせるように振る舞ってもいるのだ。
しかし、本当にブランドナー侯爵家との接近があまりよくない結果を生みそうなのもまた事実だ。
「……何もないといいが。だが、私には関係ない」
さっき、部屋で見たバイオリンのことを思い出す。楽器の演奏は貴族としての嗜みの一つだ。
音楽一家であるブランドナー侯爵家のサミュエルがバイオリンを演奏できるのはあたりまえのことだし、当然ディランにも幼い頃から家庭教師をつけて英才教育をほどこした。
「しかし、あの女は大丈夫か?」
ブランドナー侯爵家の協力を得て、音楽祭を開くことの意味を果たして本当にわかっているのだろうか。場合によっては、主催者として演奏を求められることもあるというのに。
それは、嫁ぎ先で借りたいい楽器と、生まれ持った記憶力の良さだけで何とかなるものでもないのだ。
まあ、自分には関係ない。一人で過ごす余生は寂しいから、善人のふりをして息子夫婦にちょっかいをかけているだけだ。
本当に助けてやる気など、毛頭ないのだから。
別視点だったので明日も更新します。




