6.目的と音楽祭と
翌朝には、エイヴリルたちは領地へと向けて出発することになった。
屋敷に主人がいなくなるため、領地へ同行せず、かつ屋敷の維持にも従事しない使用人たちには有給休暇が与えられることになった。
全ての準備を済ませ、汽車へと乗り込んだエイヴリルの気持ちは、前回、ランチェスター公爵領へ向かったときのわくわくしたものとは全く違っていた。車窓に流れる美しい景色を見ても、この先のことを心配するだけだ。
「これからどうなってしまうのでしょうか。心配です」
「病が蔓延しているのは二十四区だけだ。それに皆、領地との行き来が不可能になる前に念のために移動しておこうというだけだよ。そこまで深刻にならなくていい」
自分たちを安心させるように、冷静な笑みを浮かべるディランに、エイヴリルとサミュエルは顔を見合わせる。確かにそうではある。今回の領地への移動は、厳密には病から逃れるためではない。
少し考えて、エイヴリルは問いかける。
「今回の件、ランチェスター公爵領の皆様は王都の状況をとても心配していることでしょう。それを忘れられるようなイベントを開催することはできますか?」
「もちろん可能だが……一体何を?」
「まだ具体的には何も考えていないのですが、私たちが急に領地へ戻った理由が、流行病に左右された以外のことでしたら、マートルの街の皆さんも安心するのではと思いまして」
「確かにそれはいい考えだな。俺も何か考えてみよう」
一番恐ろしいのは、人々に不安が広がることだ。流行病が広がりつつある王都から領主夫妻が戻ってくる。そこで病気が持ち込まれることはないと保証されていたとしても、次に来るのはパニックへの恐怖心だ。
物流が滞り、街には何も届かなくなり、孤立した状態になることを危惧する人々も多いだろう。
(皆さんが安心するようなイベント……何がいいでしょうか)
先に提案はしてみたものの、具体的なことが思い浮かばない。お祭りなどができればちょうど良いのだが、ランチェスター公爵領最大の街マートルでは、夏の海に豊漁を祈るお祭りがつい最近終わったばかりだった。
秋の実りに感謝する収穫祭はまだ先のことで、しかも元々あるイベントに手を加えるだけでは今回の狙いを少し外れてしまう。考えていると、それまで目を瞠り、じっと二人の会話を聞いていたサミュエルがすっと手を挙げた。
「一つ意見をしてもよろしいでしょうか?」
「ああ」
ディランの穏やかな声音で許可をもらったサミュエルは、すらすらと提案する。
「ちょうど季節は秋です。音楽祭を開くのはいかがでしょうか」
「……!」
音楽一家の五男らしい提案に、エイヴリルは目を輝かせた。
「とってもいいと思います。賛成、賛成ですわ! ね、ディラン様⁉︎」
ディランもその手があったかと頷く。
「いいな。季節的にもあっているし、楽器と演者が確保できれば大きな準備は必要ない。もちろん、これはエイヴリルに負担をかけたくないからで、盛大にやりたければいくらでもやっていいが。チャリティーイベントにして、寄付を募り王都に届けてもいいだろうな」
「ありがとうございます! そうと決まれば、すぐに準備を始めますね!」
エイヴリルの向かいに座ったサミュエルは、バイオリンケースを抱えている。自分の提案が二つ返事で採用されたのをうれしそうにしながら、ケースを撫でた。
「僕は音楽一家の生まれです。どんなことでもお手伝いしましょう」
「サミュエル、ありがとうございます」
こうして、突然の領地入りの目的は決まった。エイヴリルたちは音楽祭を開くのだ。
汽車に乗り込んだ時にはピリピリとしていた車内の空気が、穏やかなものに変わっていく。その中心にいるエイヴリルもホッとするのだった。
(……あとは、領地入りで気になることはもう一つだけです……!)




