4.悪女ヘの解釈違いがあるようですが
しまった、と思っても遅かった。そうだった。エイヴリルは彼に初めて会ったとき、悪女ですと何度も念押しをしていたのだ。
つい数秒前まで楽しさしかなかったダイニングルームの空気が、なんとも言えないものに変わる。
(この問題を解決せずに、サミュエルを公爵家に受け入れるわけにはいきませんでしたね)
かつてエイヴリルが悪女だったことを知るサミュエルは、あの振る舞いには特別な意味があるに違いないと思い込んでいるらしい。さすが優秀なブランドナー侯爵家の五男である。
むしろ、特別な事情がないとあの振る舞いはありえないと純粋にまっすぐに思っているのも伝わってきて、大人として恥ずかしささえ感じてしまう。
(離縁されたくないと悪女になりきっていたのですが、このままではディラン様が悪女好きだということがサミュエルの耳に入ってしまいます)
それはあまりにも教育に良くない。サミュエルはブランドナー侯爵家から預かった大切な子息だ。
蒼くなったエイヴリルだったが、風評被害を受ける当のディランはなぜかそこまで気にしていない様子だ。それどころか、むしろ興味津々に問いかける。
「サミュエルは悪女についてどんな研究を?」
「はい、旦那様。歴史上、悪女と呼ばれた方々について調べました。彼女たちがどんな人生を送り、何を成し遂げたのか。記録に残っている方々は皆、権力を欲し私欲にまみれて自分だけのために誰かを手玉に取り、国を動かそうとするような人でした。自分に逆らう人間を酷い方法で葬り消し去り、世界を我がものにしようとしていたようです。正直、僕には彼女たちが何のためにそんなことをしたのか理解しかねます」
話のスケールが壮大すぎる。
エイヴリルは別に国も世界も権力もその辺の石ころでさえもなにも欲しくなかった。ただ本当に離縁されたくなくて必死だっただけである。
だがサミュエルは本当の悪女のことをしっかり調べてきたようだ。しかも、ちらっと聞いただけでも悪女たちの所業がレベル違いに極悪すぎる。
(歴史上、そのような方々がいらっしゃったことは存じておりましたが、まさか自分が彼女たちのような振る舞いをすることには繋がりませんでした……!)
むしろ二年前に思い至らず、お手本が妹のコリンナでよかったとも思う。もし思い至っていたら、絶対に無理だと判断し、実家に送り返される前に初日で脱走していただろう。
エイヴリルは恐る恐る問いかける。
「あの……酷い方法で葬るって、たとえば、本当は生きているのに勝手に死んだことにしてお葬式を先にやってしまって社会的に抹殺する、とかそういうことではないですよね」
「どうしてそうなるんだ」
「どちらかといえばその方が怖いです。さすがエイヴリル様ですね」
すかさずディランからの突っ込みが入った後、サミュエルが尊敬の瞳で見つめてくる。それを見て、あらためて思うのだ。
(私は私なりの悪女であり続け、結果的に助かったようですね。ディラン様が私を認めてくださり、結婚できましたから)
安堵の息をつく。一方のディランはサミュエルの感想に感心している様子だ。
「しかし、その感覚は非常に重要なもので、有能な為政者に最低限必要な資質だな。だが、悪女に惑わされて人の道を外れた者も少なくない。常に自分を顧みるべきだとは、私も常々自分に言い聞かせている」
「はい、旦那様。エイヴリル・ランチェスター公爵夫人が悪女を名乗っていることをとても奇妙に感じていましたが、今ならばその理由がわかる気がします。何者にも惑わされない当主の姿を広く示すためだったのですね」
(な、なるほど……⁉︎)
訳知り顔で語るサミュエルを見て、エイヴリルは自分はそんなに高尚なことをしていたのか、と目を瞬いた。
一方、真実を知るディランは意味深に微笑み、この部屋に控えているクリスは笑顔で頷き、グレイスは頷くクリスを「信じられない」という顔で見ている気がした。
(サミュエルはすごいですね。賢くていい子です)
多少の誤解はあるものの、とにかく、楽しい夕食の時間は過ぎていった。
先週発売の無能才女コミックス3巻(漫画/轟斗ソラ先生)、もう重版が決定しました……!
お手にしてくださった皆様、本当にありがとうございます。
入手しにくくなっているところもあるようなので、紙でお求めの方はお早めにどうぞ!
X(@ichibusaki)
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