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無能才女は悪女になりたい~義妹の身代わりで嫁いだ令嬢、公爵様の溺愛に気づかない~(WEB版)  作者: 一分咲
五章

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1.悪女の名残り

 歴史ある名門で、遡ると王家の傍流でもあるランチェスター公爵家。


 その当主であるディラン・ランチェスターが、二年半ほど前に妻として選んだ女がとんでもない悪女だったという話は有名だ。しかし、その悪女が身代わりで人違いだったという話は、実は国内ではあまり知られていない。


 なぜなら、悪女本人が評判を気にしないどころか上機嫌で悪評を受け入れ、そのまま嬉々として活躍し続けていたからである。


 その裏事情には『悪女を娶ることを前提とした契約結婚』や『悪女が意外と有能だったことを利用する王太子からの無茶な依頼があって訂正できなかった』や『そもそも悪女本人の思考がおかしかった』などさまざまなものが挙げられる。


 だが、もっとも大きな理由は『若き当主、ディラン・ランチェスターは悪女好きだ』という評判が社交界に広まりすぎてしまったことだろう。



「エイヴリル・ランチェスター公爵夫人。ご機嫌麗しく存じます」


 緊張した面持ちで声をかけてきた令嬢に、エイヴリルは目を瞬いた後、にっこりと微笑んだ。


「フィッツロイ伯爵家のご令嬢、ジェニファー様ですわね。お歌が得意と評判の」

「……お話しするのは初めてのはずなのですが……」


 覚えていてくださったのですね、と辛うじて続けた彼女の表情は、言葉とは真逆に引き攣っている。ひどい悪女と噂のエイヴリルに、名前と顔と特徴の全てを覚えられていたのが相当に怖かったのだろう。


 今日のエイヴリルは、間もなく王太子妃となるアレクサンドラが主催のガーデンパーティーに招かれていた。彼女が王太子と結婚する前最後の大規模なお茶会とあって、今日は名だたる名門の夫人たちが挙って列席している。


 ガーデンパーティーですので気軽にどうぞ、と招待状に書いてあったはずなのだが、参加者のほとんどが夫を伴い、完璧な正装と礼儀を持ってリンドバーグ伯爵家の庭を訪れていた。


 もちろん、エイヴリルの隣にもディランがいる。なお、今日のディランの存在は貴族的な駆け引きとは関係ない。一緒にガーデンパーティーへ行きたいというディランの希望のもとに決まった出席だった。


 彼は今日も見目麗しく、クールな佇まいをしている。ただ立っているだけなのに、周囲の注目がものすごく集まっていた。その隣で、エイヴリルは澄ました笑みを浮かべる。


「フィッツロイ家のお噂はかねてよりお聞きしております。積極的に公共事業へ出資し、運営にも尽力されるその手腕はさすがと思っておりました」

「⁉︎ あっ、あの……失礼いたしますわ!」


 世間話をしただけなのに、目の前のジェニファーはあわててどこかへいなくなってしまった。あまりの逃げ足の速さに、エイヴリルは目を瞬き、そのまま首を傾げた。


「ど、どうして……?」

「君が悪女だという噂をまだ信じていたんだろうな。だが、無礼にならないよう、最低限適当な挨拶で済ませようと思ったのを、思いのほか認知されていて逃げたというところか」

「なるほど。そういうことでしたか」


 ディランが不機嫌そうに顔を顰めていて、今にも怒りだしそうだ。けれど、今ここで怒ってしまったらガーデンパーティーが台無しになるし、何よりもディランの美しさに見惚れている人々が驚いてしまう。


 ランチェスター公爵家は先代の評判が酷すぎたせいで、一部ではまだ関わりを避ける家もあるのが現状だ。ディランが当主になってから少しずつ評判は戻りつつあるが、それでもまだ完全に名誉が回復したと宣言するには程遠い。


 だから、揉め事は起こさないに限るのだ。エイヴリルはそもそもの話をする。


「ディラン様、元はといえば悪女だった私の方が悪いのですし」

「にしても、人を恐れさせるような悪女ではないだろう」

「うーん、どうでしょうか?」


 悪女時代、人に嫌がらせをしていた自覚があるエイヴリルは目を泳がせる。それを一歩引いてみていた付き添い役のクリスが、微笑んだままぼそりと言った。


「こういった類の悪女が好きなディラン様にも問題はありますしね」


 随分と誤解を招く発言ではないか。


 しかし、そのおかげでエイヴリルは、いつかどこかのお茶会でアレクサンドラに『ディラン様は悪女がすごく好きだ。彼の好みの女になるため、自分は悪女になっている』とごり押ししたことを思い出した。


 つまり、やはりすべての元凶は自分自身だったようである。


(それならば仕方がありませんね。皆様を困惑させて、逆に申し訳ないことです)


 普段のエイヴリルは、公爵夫人として社交界に馴染むため、社交の場にはできるだけ顔を出すようにしている。


 けれど、いつもはアレクサンドラが側にいてフォローしてくれるし、何よりもここまでの規模のパーティーでは列席者の全員と話す機会はない。


 表面上の挨拶を交わせればまだいい方で、ひどいときはそれもできずに終わることがあった。だから、悪女エイヴリルの悪評が消えないのは仕方なかった。


 のほほんと、自分を遠巻きにする煌びやかな会場を眺める。ディランと一緒に列席するときは、未婚の令嬢たち……だけではなく夫人たちのドレスの露出が多くなり、化粧も派手になる。


 一方のエイヴリルのいでたちは彼女たちに比べると比較的地味なものだ。並んでしまったら、きっと背景と同化すると思う。でも当然なのだ。今のエイヴリルは悪女を演じているわけではないのだから。


(ディラン様が悪女を好きだという情報は王都へとしっかり浸透し、地方都市でのお茶会にもこの『流行』は移っているようです。もはやこれは一大ムーブメント、商売の好機 にもなるのでは?)


 公爵家を引き受けるエイヴリルの頭の中には、いつだって家の繁栄がある。のんきに考えていると、艶やかな声がした。


「ランチェスター公爵夫妻にご挨拶を申し上げますわ」


五章スタートです。ほぼ書き終わっていて、週に1〜2度の頻度で更新していきます。

お付き合いいただけますとうれしいです!

また、ブックマークや☆で応援していただけると更新の励みになります!


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