50.悪女として望むのは
さっきまでの喧騒の余韻に浸っていると、リステアードの視線がこちらを向いた。
「それで、首席合格者、エイヴリル・アリンガム」
「はっ……はい!」
「貴殿が欲しいものを聞いてやろう。首席合格者には副賞として希望するものを何でもやる慣例だからな」
「!」
ついに来た。というか、いきなり来てしまった。
アロイス告発の余韻のせいで何にも心の準備ができていない。しかし、ここから『ブランヴィル王国の資源枯渇対策のために、貴国の鉱山の再開発をお願いします!』という流れにするのは虫がよすぎやしないだろうか。
(だって、私はただ試験で点数をたくさん取っただけなのです。ご褒美がもらえるとしたら、良い成績を取ったうえに、国のために正しいことを貫けるジャンヌ様の方がずっとふさわしく……!)
そんなことをごちゃごちゃ考えていると。
「その前に、アロイスが失脚したことで、国で新しく着手できるようになる事業について発表しておくか」
(えっ?)
ぽかんとするエイヴリルの前、リステアードは驚愕の発表を始めた。
「我が国のグリニー山脈には膨大な資源が眠っている。かつて、資源利用のために開発が進められたことがあったが、さまざまな事情で中止された。それを近いうちに再開したい」
(ええっ⁉︎)
自分が今まさにお願いしようとしていたことを、リステアードは声高らかに宣言していく。
「長い間、頓挫していた計画だ。我が国の技術だけでは効率が悪い可能性があるため、隣国のブランヴィル王国と提携して進めて行くつもりだ。追って、今日の合格者の中から、優秀な者複数名をこの計画担当として指名したい」
――何だって!
――鉱山の再開発というと、労働力が相当必要になるだろう?
――観光業以外にも職の範囲が広がって、暮らしが豊かになるかもしれないな。
そんな声が聞こえてきて、エイヴリルはディランと顔を見合わせた。さすがのディランもこの事態は予想外だったらしく、めずらしく驚いている。
(まさか、リステアード陛下が自分から鉱山の再開発を言い出してくださるなんて……!)
「やはり、ローレンスの読み通りか」
「そうでしたね……」
苦笑するディランに頷いていると、またリステアードの視線がこちらを向いた。
「で、貴殿が欲しいものは何だ?」
「⁉︎」
まさかこう来るとは。鉱山の再開発をお願いしますと言おうとしていたため、他のことが何も思い浮かばない。
しかも、自分は悪女なのだ。簡単に贈れるものであってはそれっぽさが出ないだろう。どうしましょう、と蒼くなるエイヴリルに、リステアードはニヤリと笑ってみせた。
「宝石か、国の歴史的な書物か、観光客にも人気で十年待ちになっている特殊な布か?」
こうなっては仕方がない。とりあえず、高そうなものを全部おねだりするしかないだろう。
「でっ……では、それら全部をください」
「全部だな。で、それと?」
「!?!?」
なぜか、まだ続きがある前提とはどういうことなのか。
リステアードの背後に「悪女なら当然欲しいものはたくさんあるだろう? 全部やろう」という圧が見える気がする。だが、エイヴリルにはもう何も思いつかない。
(こういうことは、本来、私のような者ではなく、ジャンヌ様やリンさんのように、本当に目的を持って勉学に励まれる方に聞くべきなのです……!)
そこで、ハッと孤児院の庭の光景が思い浮かんだ。
いつもは無邪気に笑っているのに、一瞬だけ大人びた表情を見せたリンの横顔が脳裏に蘇る。
『……私は、この孤児院にすごく感謝してるんだ。だけど、まだまだ家がない子はたくさんいるし、もっと国中の孤児院が豊かになるようにしてもらえたらいいなって。そのために頑張ってる』
せつなげに語った夢の片鱗は、今叶えてもいいものなのだろうか。けれど思い浮かべば、考えるまでもなかった。
迷う間もなく、エイヴリルは顔を上げる。
「――子どもたちに」
「子ども?」
怪訝そうなリステアードに、エイヴリルはまっすぐに伝える。
「首席合格のご褒美として、家がない子や、今日食べるものに困っている子どもたちに支援をお願いします」
「!」
リステアードのみならず、この式典に参加している全員が息を呑んだのが伝わる。
けれど、エイヴリルだって、この願いが悪女らしくないというのはわかっているのだ。だから、欲しいものを全部まとめて言い直す。とにかく、高そうなものをくださいと言えばいい。
この国を訪れた初日。謁見の間で悪女として振る舞ったときから目をつけていた、高そうな美術品のことを思い出すだけだ。
「子どもたちへの支援のほか、宝石と、国の歴史的な書物と、観光客にも人気で十年待ちになっている特殊な布と、王宮の内部、あちらとあちらとあちらに飾ってある壺と絵とドールハウス。そして、謁見の間に飾ってある大きな絵も一緒にください! …………できる範囲でください」
「……」
リステアードは、鳩が豆鉄砲を喰ったような顔をしている。
それから数秒後、盛大に笑い出したのだった。
――いくら何でも強欲すぎるだろ……。
――やはり、噂通りの悪女だったのかもしれないな。
そんな声がどこからともなく聞こえてくる。笑い声混じりなことだけは解せなかったが、エイヴリルは大満足で任官式を終えた。
(よかったです。できる範囲でと言ったので、おそらくいただけるのは子供達への支援だけになるでしょう。そしていつか、リンさんが首席で国家試験に合格したときには、リンさんが自分のためのものをおねだりできますように)
そんなことを思いながら。
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