49.才女のプライド
回想を終えたエイヴリルは、目の前の三人に意識を戻す。
エイヴリルを嵌めようとしたことに怒りを露わにしているディラン。何が起きたのかわからず目を白黒させているアロイス。この先を見据えた目をしているリステアード。
そして、自分の誤解はもう完全に解けたらしい。会場内の注目は、完全にアロイスに奪われてしまっていた。さっきまであんなに注目されていたのに、今はもう誰も自分を見ていなくて、寂しい気持ちにすらなる。
「アロイス・ヘルツフェルト。国家試験への不正の疑いでお前を告発する」
「はっ……⁉︎ こ、国王陛下、一体何をおっしゃっているのか」
「俺とて、自分の右腕ともいえる貴殿をこの手で裁くのは心苦しい。だから、我が国の法に則って、しかるべき判断を下してもらおうと思う」
「お待ちください。どうか、お話を」
青ざめた顔で縋るアロイスだったが、リステアードは容赦しなかった。
「そうだ。今回の不正の件を調べているときに、おかしな事実に気がついたぞ。前回と前々回の試験でも、不正合格者が出ていることだ」
「⁉︎ っ、それは。私めは何も」
「奇しくも、その不正を働いたと言われた者はお前と敵対している派閥の家の出で、優秀な成績を収めて合格したらしい。無論、不正と判断されたせいで投獄のうえ受験資格を生涯剥奪されているが」
「何のことか」
しどろもどろになって話を逸らそうとするが、リステアードがそれを許すはずもない。声高に続ける。
「彼らの不正が判明したのはお前の一声がきっかけだったな」
「――!」
「今回、調査ではエイヴリル・アリンガムの不正の証拠は見つからなかった。そして、この書類はお前の手で彼女の部屋に置かれたものと判明している」
会場内が一気にどよめいた。
――アロイス様が彼女を陥れようとしたってことか?
――何のために?
――アロイス様って極端な異国排除論者だっただろう? 暴走した?
――前回と前々回の試験も、アロイス様がでっち上げた冤罪だったとしたら?
そんな声の中で、アロイスは声を張り上げている。
「お待ちください。前回と前々回の試験のことは何も知りませんし、そこの悪女についても、私はただ歴史ある国家試験の伝統を――」
そこまで言ったところで、アロイスの肩を白く細い手が引いた。
「お父様。もうおやめくださいませ」
「ジャンヌ⁉︎」
ジャンヌは、父親の醜態を見ていられず、式典の列の中から飛び出してきたらしい。
合格発表の日の気品あふれる佇まいが信じられないほど表情は憔悴し、目には涙を溜めていた。
「もうおやめください。たとえ、お父様がどんな不正の証拠を持ってきたとしても、私にはエイヴリル様が不正を働いたとは信じられないのです」
「お前は何を。私の娘だろう」
「皮肉なことに、私はお父様の命に従い、試験期間中のエイヴリル様をよく見ていましたわ。その結果、エイヴリル様が賢く博識でいらっしゃることは明らかです」
「はぁ……⁉︎」
怒りに震える父親に対し、ジャンヌはきっぱりと伝える。
「合格発表の日、不正を疑われた彼女を助けようとする声がたくさん上がったことを覚えていらっしゃいますね?」
そうして手を挙げると、控えていた侍女がスッと現れた。何やら、手には大きな布袋を持っている。
(一体何が入っているのでしょうか)
エイヴリルの心の声に応えるように、侍女は袋の中身をひっくり返した。
そこからは、何枚もの手紙が出てくる。この手紙には見覚えがあった。試験期間中に悪女としてお節介をやき、そのお礼にもらった招待状やお礼状の山だった。
不正を疑われて連行されたときに部屋に残して行くことになったのだが、しっかり証拠として回収してくれていたらしい。
「これらは、エイヴリル様の侍女より預かったものですわ。エイヴリル様の身の潔白を証明するためにお使いくださいと。首席で合格するだけの頭脳と、これだけの人望をお持ちの方に、お父様は何をなさったのですか……!」
ジャンヌの悲痛な声に、さすがのアロイスも何も言い返せないようだった。そこへ、リステアードの冷徹な言葉が響く。
「アロイス。お前がエイヴリル・アリンガムを嵌めようとしたことは揺るぎない事実だ。過去の試験結果については、これから本格的に調査を始める。覚悟しておけ」
それを合図に、衛兵たちが一気に走り込んできてアロイスを取り囲む。
「なっ……⁉︎ おい、触るな! 私を誰だと思っているんだ」
「連れて行け」
そうして、アロイスは連行されて行った。見送りながら、エイヴリルはジャンヌを見つめる。
(ジャンヌ様……)
この式典の会場に入ってきたとき、ジャンヌが声をかけてこなかったのはこうなることを見越していたのだろう。
父親の不正をも告発できるクラウトン王国の才女に、ただ賛辞を送ることしかできない。
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