43.不正の秘密
準備を終えたエイヴリルは二人を従え、こそこそとこの三ヶ月間滞在していた客間にやってきていた。部屋の中をくまなく観察し、頷く。
「何一つ忘れ物はないようですね。私のメイド、グレイスは優秀です。向こうの地下の部屋に荷物を運ぶようにと命じられて、忘れ物をするはずがないですもの」
エイヴリルが使用していた客間は、合格発表の式典に向かったときそのままの状態にしてあった。グレイスが着替えや書物を運んでくれたため荷物はないが、それ以外は全く様子が変わらない。
誰も入れないよう、鍵がかけてあったのだから当然だった。リステアードも頷く。
「実はさっき、先だって文官たちを伴い、不正の証拠がないかこの部屋を捜索したところだった」
「結果はどうだったのでしょうか?」
「同じだ。何も見つからなかった」
「私は不正などしていませんから、当然ですね。……ですが、どうして私が疑われることになってしまったのでしょうか?」
もちろん、リステアードのこれまでの話を聞いていれば、理由は想像がつく。
アロイスという男は極端に異国嫌いで、自分を見せしめにして異国との関わりを遠ざけたいのだろう。それをわかっていただけに、つけ入られる隙を見せてしまったことが情けない。
(ですが、ありもしない不正をでっち上げるなんて、少し短絡的すぎないでしょうか。謁見の間に案内してくださったときの印象では、そんな浅はかな方には見えませんでした。何よりあの聡明なジャンヌさんのお父上です)
どうもしっくりこなくて首を傾げると、ディランが教えてくれた。
「エイヴリル様の答案は、完璧すぎたようです」
「えっ?」
どういうことですか、とさらに首を傾げる。完璧すぎると不正を疑われてしまうのだろうか。そんなことを思っていると、リステアードが「これは機密事項に近いが」と前置きした上で続ける。
「お前の答案は、歴代の国家試験の上位者の答案と比較しても、群を抜いて高得点。特に、記憶力を問う問題については満点だったそうだ。採点者の中からは、今後ここまでの高得点を取る人間は現れないという意見まで出たという」
「記憶力を問う問題……」
心当たりに目を泳がせる。
自分には、見たものを一度で覚えられるという特技がある。意識して覚えようと思ったものはなおさらである。それが、まさか不正を疑われるきっかけになってしまうとは。
(少し間違えるべきだったのですね……! 確かに、これまでの人生を思えば、そんなことわかっていたはずなのに……!)
気持ちが悪いといわれてきた人生を思い返し、反省に肩をがっくりと落とす。
「そのせいで、問題を事前に盗んで答えをすでに知っていたか、巧妙なカンニングがあったのではとアロイスは推測しているようだ。だが、証拠は何もない」
「不正をしていないのに証拠があるはずないですもの」
怒りは感じない。遠い目をしたエイヴリルに、リステアードは声色を変えた。
「加えて、気になることがある」
「?」
まだこれ以上に罪を着せられるのか、と予想してぐったりしかけたところで告げられたのは、思いもよらない事実だった。
「前回と前々回――三年前の試験も、六年前の試験も、不正を疑われて失格になったものがいる」
「つまり、歴史ある試験にはこういったことはつきものだということでしょうか?」
「いや。奇遇なことに、どちらもアロイスの訴えで発覚した」
「!」
それがどういうことなのか。
緊張感が高まったエイヴリルだったが、ディランはすでに話を聞いて知っていたようだ。動揺することはない。
「貴国に内政干渉をするつもりはありませんでしたが、これは我が国としても看過できません。あのアロイスという男にも捜査の手を広げるべきです」
「……ああ、そうだな」
応じるリステアードの表情は、自分が重用してきた側近が罪を犯している可能性を知ったばかりとは思えないほど、晴れやか。
――やっと、あの男と縁が切れる。
まるで、そんなことを思っていそうに見えた。




