42.訪問者との作戦会議
「お変わりはありませんか。昨夜はよく眠れましたか? 食事は。寒くはありませんか? ベッドに敷けるよう、着替えを多めに持たせましょう」
顔を合わせるなり、矢継ぎ早に質問を向けてきたディランに、思わず苦笑してしまう。
「全く問題ありませんわ。ここはとても快適ですの」
ディランがエイヴリルに丁寧な言葉で話し、一方のエイヴリルが悪女っぽく応じているのは、ディランが連れてきた人物に問題があった。
それは。
「エイヴリル・アリンガム。お前は本当に子どものようだな。愛人と噂されている男に、身の回りの心配をされているではないか」
「……まぁ。あ、愛人でもいろいろ種類がありますのよ」
コホン、と咳払いをしつつ小声で答える相手は、国王のリステアードである。
リステアードは側近の訴えを無視できず、エイヴリルを捕える命令をしたものの、今回のことには納得がいっていないらしい。経緯について厳重に調べるようにという達しを出していた。
もちろん、不正が行われていないことを前提としたものである。当然、アロイスは達しが出たことに不服なようだった。
「アロイスはとんでもなく頭が堅い。異国の人間や関わりを排除しようとしているのは、あの男が元凶だ。今回の経緯を考えても、不自然な点が多すぎる」
「にも拘らず、あなた程の方がなぜあの男を重用されているのでしょうか?」
ディランがストレートな問いを返せば、リステアードは皮肉そうに微笑んだ。
「私をこの地位に押し上げたのは、アロイスの働きがあったからだ。不要になったからと言って、おいそれと追い出すわけには行かない。時期を見誤れば、反乱の種になるからな」
「先日の式典での貴族からの支持は見事なものに見えましたが、まだ足りないと?」
「……いや、そんなことはない。だが今回は、ちょうどいいから悪女を利用させてもらう。どうせ、お前は首席での合格が確定したらとんでもないものを要求するのだろう?」
「……」
当たっているので、そっと目を逸らす。しかし、リステアードは意味深に笑みを深めた。
「宝石か、国の歴史的な書物か、観光客にも人気で十年待ちになっている特殊な布か。望みは何だ?」
「……」
まだ何も喋れない。
本当は、鉱山の再開発権を要求したいのだが、なぜかエイヴリルのことを『悪女にしては子どもっぽく変な女』と思い込んでいるリステアードは、完全に勘違いをしているように見えた。
現に、先日遭遇したパブではリンゴジュースをご馳走になってしまったし。子ども扱いに首を傾げるしかない。
(……とても察しがいいお方とお見受けしておりましたが、私の目的に本気で気がついていらっしゃらないのでしょうか? 最初の頃に、高いものが好きです、と連呼していたのがお耳に入ったせいかもしれません。それがよくなかったのか……いいえ、よかったのかよくなかったのか……)
それすらもわからない。
けれど、一つだけ確かなことがあった。エイヴリルはきちんとした大人の女性であり、ディランの妻だということだ。
「国王陛下。私は悪女ですから、並大抵の褒美では満足しませんのよ。首席での合格が確定した後、欲しいものについてお話しさせていただきますわ」
悪女の笑みを見せてみれば、リステアードはなぜか噴き出した。
言っていることがおかしいのか、顔がおかしいのか、それとも両方なのか。問い詰めたいが、さすがに国王相手にそれはできなかった。
(国王陛下相手に悪女を演じるのは難しいですね。なぜか、いつもこうして笑われてしまいます……!)
ほんの少しだけ頬を膨らませそうになったところで、ディランがエイヴリルの肩を優しく抱いた。三人目の愛人だと思われているからこそ、許される行動である。
それを見たリステアードが「貴殿の好みは変わっているな。いや、彼女に夢中になっている男どもは皆子ども……いや、若くて変わった女が好きなのか」と苦笑した。
しかし、ディランはそれをさらりと無視した。
見事なスルーっぷりに、目を瞠ってしまう。言葉で反論するよりも何よりも、怒りを感じさせるやり方に胸の奥がひやりとする。けれど、リステアードは不快さは感じていないようだった。
さすが、普段誰よりも王太子と近く、幼い頃から特別な関係にあったディランだ。王族の扱いは心得ているように見えて、頼もしい。
「それよりもエイヴリル様。私たちが今日ここにきたのは、目的があってのことです」
「?」
「今から、エイヴリル様が滞在していた客間を見に行きましょう。合格発表の日以来、鍵がかかっていて誰も入れない状態にしてあります。荷物は全てこちらに運んでいますが、万一何か忘れ物があってはいけませんので」
ピンときた。
(国王陛下は、アロイスさんの訴えを疑っておいでです。でも、アロイスさんは私に無実の罪を被せたい。それを踏まえて、今この部屋を空ける理由は)
ディランとリステアードがここにやってきた狙いを知ったエイヴリルは、にっこりと微笑む。
「少し、お時間をいただけますでしょうか? 準備をしますので」
今度は、リステアードは笑わなかった。




