41.悪女は罪人
「何だか、大変なことになってしまいましたね……」
国家試験の合格発表から一週間後。エイヴリルは、古い棟の半分地下のような部屋に閉じ込められていた。
ほんの少し、埃っぽい部屋を見回してみる。
この部屋にはベッドやクローゼットなどの調度品は一応揃っているし絨毯も敷かれているが、華やかさは皆無だ。そのどれもが生活するのに必要最低限を満たす、質素なものばかりだった。
特に不満はない。むしろ安心する。そのうえ、王宮の中にもこのような部屋があるのだな、と好奇心の方が先を行きかける。
図太さが顔を出しすぎたため、話を戻したい。
部屋の出入り口の扉は二重になっていて、その間にある小さなテーブルに一日に二回食事が置かれていく。
ちなみに、メニューは固くなったパンやくたくたに煮込まれたスープなどだ。あまりにもピンポイントに好物ばかりが出されるので、毎回喜びを抑えるのに必死である。
(コリンナはやわらかいパンや肉汁が滴るお肉、新鮮なフルーツなどが大好きでしたから。悪女のはずの私が、一般的ではない罪人向けメニューで大喜びしたらおかしいですよね)
やめようやめようと自制しつつも、さっき噛み締めたパンに残っていた古い空気を反芻して、ついでにこの城の歴史に想いを馳せる。
(歴史のことまで考えられるパン。素晴らしすぎますね)
そしてもちろん、罪人メニューをあからさまに喜ばないようにしている理由はそれだけではない。普通に、古くなった残り物メニューで喜ぶと、大体の人に素で引かれてしまうからでもあった。
エイヴリルだって、この部屋に食事や必要なものを運んでくれる女官たちに怖がられるのは嫌なのだ。
――部屋に問題はなく、食事に不自由もせず、むしろおいしい。
エイヴリルはこんな風に、罪人としての生活をそれなりに楽しんでいる。
国家試験での不正を疑われて捕らえられ、罪人扱い。にも拘らずそこそこ上々な暮らしをできているのには理由があった。それは。
(ディラン様とエミーリア様、そして試験をご一緒した皆様が立ち上がってくださったおかげなのです……)
本来、エイヴリルは牢屋のようなところに連れて行かれる予定だったらしい。
合格発表の場に乗り込んできたアロイスは、エイヴリルの腕を縛って引きずろうとした。そこに、激昂しかけるディランが当たり前に立ちはだかったのだが、予想外なことが起きた。
何と、エイヴリルを信じ、守ろうとしたのはディランたちだけではなかったのだ。
(あれはびっくりしました。皆様に感謝しなければいけません)
驚くことに、国家試験の三日間でエイヴリルと顔見知りになった受験者たちが声を上げた。それから、大広間はめちゃくちゃになった。
『悪女のエイヴリル様を放せ!』『触るな!』という怒声が飛び交う中、法律に関する知識も飛び交った。
――クラウトン王国は法治国家です。法律では、この段階で投獄することは許されていないはずだ!
そんな声に、アロイスは目を泳がせていた。
アロイスが不幸だったのは、この場にいる全員が予備試験を突破したエリートだったということ。エイヴリルを投獄したいのは表情から見えていたが、どうしても強行突破はできなかったらしい。
ということで、エイヴリルは投獄されず、王宮の中の古い棟、普段は使われていない部屋に閉じ込められていた。
視界には古い石壁が映っている。目の高さにはかろうじて窓があるが、鉄格子がはめられていた。待遇はエイヴリルにとって十分で最高だが、きちんと罪人扱い。
けれど、アリンガム伯爵家での扱いに慣れていたエイヴリルとしては、罪人でも環境は上の下。快適な生活が送れそうで何よりである。
ちらり、と、石壁の窪みに隠してあるスプーンに目をやる。
(お食事の皿を返却するときに拝借したスプーンの柄を研ぎ、石壁を削ればこの鉄格子は簡単に外せて脱走できそうですけれど……それを実行するにはまだ早いですよね)
三ヶ月以上もこの城で過ごしてきたのだ。脱出手段も経路もなんとなくわかっているが、ことを起こすにはまだ早すぎる。
(せっかくですし、少しゆっくり過ごしましょう。私が焦って何かしなくてもきっと、ディラン様とローレンス殿下が解決してくださいます)
のほほんと考えていると、鉄製の二重扉の外側がガンガンと叩かれた。
面会のようだった。




