37.悪女の夜遊び②
ディラン、クリス、エイヴリルにリステアードを加えた四人で席に着く。すぐにリステアードが「私の奢りだ」と言い、皆の飲み物を注文したようだった。
感謝しながら、それとなくまた店内を見回す。薄暗い灯りの中に浮かぶ、政治や男女の駆け引きの匂いにドキドキしてしまう。
フロアの端には、リステアードの護衛らしい者の姿が見えた。それすら、この店に馴染んでいた。
「――ではリットさんは、ここに頻繁に出入りをされているのですね」
「ああ。こういった場所の方が情報の収集はしやすいからな」
話を聞くと、このパブはリステアードの行きつけらしい。国王に即位する前からの常連で、ブランヴィル王国の王太子ローレンスを連れてきたこともあるのだとか。
そのエピソードを聞くだけで、このクラウトン王国への訪問がローレンスによって緻密に練られた計画なのだということに気づく。
(ローレンス殿下は、リステアード陛下のことをかなり面倒な男で交渉が手詰まりになったと言っていました。ですが、ローレンス殿下の気遣いを考えると、本当のところは違う気がします)
まるで“異国からの圧力のせいで、リステアードが動かざるをえなくなった”と見せかけたいようだ。この推測は、お茶会でのリステアードの言動とも一致している。
閉鎖されて行き詰まっていたクラウトン王国の未来を助けるような行動に、今回の訪問に関わる不自然なあれこれが一気に腑に落ちた気がした。なるほど、と心の中で頷いていると。
「悪女だと有名なお前のことも、ここで一度だけ見たことがある」
「……!」
とってもまずい質問が飛んできてしまった。そのリステアードが見たのは、コリンナに違いないのだから。
「わ、私は夜遊び好きの悪女でして。異国に来たら必ずこのような場にお邪魔しております。二年前の滞在の際も、こちらで数人の殿方と遊ばせていただきました」
「ローレンスの女性の好みは随分変わったんだな。もっと冷静で、男を全く寄せつけない女が好きなんだと思っていたが」
(⁉︎ その通りです……!)
切り抜けたはずが、リステアードが鋭すぎる。
まさに、その好みぴったりのアレクサンドラこそがローレンスの本当の恋人であり王太子妃になる人なのだ。だがそれを知っているとは、相当親しい仲なのではないだろうか。
「私の恋人のローレンス様は、いろんな種類の女性がお好きなようです」
「……なるほど」
リステアードの表情からは、それにしても振り幅が大きすぎないか? という気持ちが伝わってくる。そこまで疑問に思っていて、直接聞いてこないのが逆におそろしい。
そこへ、見ていられなくなったらしいディランが助けてくれる。
「彼女は私がローレンス殿下に紹介しました。本来の好みとは違ったかもしれませんが、周囲を籠絡していく彼女に、すぐに夢中になったようです」
「なるほど。そういうことか。――ああ、うちの妹もこの悪女のことがものすごく好きらしいぞ。部屋に肖像画を飾っている」
厳密にいうと、それもコリンナである。
ディランの助け舟でリステアードは納得してくれたものの、悪女な義妹が隣国の王族の興味を惹きすぎる。けれど、何も言わないように頑張って口を引き結ぶと、リステアードの表情が少しだけ緩んだように見えた。
「これは一国の君主としてではなく、エミーリアの兄として聞く」
「はい」
「何のためにこの国に来た? お前は何者だ」
「!」
まさかここで核心をつく質問が来るとは思っていなかった。
けれど、質問だけを聞くと問い詰めているようにも思えるが、実際には違う感じがする。驚くほど穏やかで、まるで妹の友人に相応しい人間かどうか見極めるような問いだ。
そう思えば、さっきまでの焦りや恐怖心がすっと消えてしまった。
(……それは)
クラウトン王国での三ヶ月間が思い浮かぶ。後半は主に試験勉強ばかりしていたのだが、日々のことを思い返すと、嘘偽りのない言葉が出てきた。
「私はこの国へバカンスのためにまいりました。とてもいい休養になりましたわ」
「それは表向きの理由だろう?」
(やはり、悪女なのに国家試験を受けたことが引っかかっているのですね……!)
鋭いリステアードのことは、なかなかごまかせないようだ。さすが、若くして国を治めているだけある。
さらりと助けに入ろうとするディランの言葉が音になる前に、エイヴリルはにっこりと笑った。
「本当に、バカンスのためですの。……この国のおかげでとてもいい出会いがありましたし、これから頑張りたいと思うような大きな刺激ももらえました」
アナスタシアとの出会いや、リンとの再会、ほかいろいろなことが思い浮かぶ。表向きこそ、悪女を演じて隣国から鉱山の採掘権を手に入れるためだったが、実際には大きな実りある滞在だった。
アナスタシアがディランを愛していることに触れられたし、子どもながらに誰かを助けたいと語るリンの姿には感動した。グリニー山脈の麓の別荘地はコリンナの影響を感じつつも素晴らしい滞在になったし、帰り道に立ち寄った村では異国の少女たちと仲良くなれた。兄を支えるエミーリアは健気だし、国家試験を受けたことでアカデミーの擬似体験もできた。
どれをとっても、たった三ヶ月間とは思えない充実の日々に、満足感でいっぱいになる。
「思えば、あまりにも楽しすぎるバカンスでしたね」
本当に楽しかったので、心からの声が止まらない。
「……それはよかったな」
さらに追及されるかと思いきや、意外なことにリステアードは微笑むだけだった。使節団に同行して個人的に楽しむ悪女の姿は、当初の目的と照らし合わせても説得力があったようだ。
(ふう。よかったです)
一仕事を終え、乾いた喉を潤すために目の前に置いてあるカクテルのグラスに手を伸ばす。掴もうとした瞬間、リステアードにスッとグラスを奪われた。
「⁉︎」
「ここに、リンゴジュースを」
「⁉︎」
「妹と来ているような気分になった。お前はこれを飲め」
「⁉︎」
一体どういうことなのだ。
エイヴリルは大人だし、弱いが一応はお酒を飲めるし、何よりも悪女である。抗議したかったが、ディランとクリスは何も言わずに見守っている。むしろ楽しそうだ。
ということは、リステアードの機嫌を損ねないためにも、ここでは大人しくリンゴジュースを飲むのが正解なのかもしれない。
(ローレンス殿下のお言葉通り、リステアード陛下はどこか掴みどころがなくて不思議なお方でしたね……)
あまりにも素早く目の前にリンゴジュースが置かれてしまったので、仕方がなくストローを口に運ぶ。
りんごの甘くて爽やかな香りが口いっぱいに広がる。おいしい。緊張していたせいか、気がつくといつの間にかグラスがすっからかんになるまで飲み干していた。
国家試験を受験し終えたエイヴリルは、束の間の楽しい時間を過ごしたのだった。





