28.図書館と戸惑いと③
ぶんぶんと頭を振ったところで、こめかみを押さえて固まってたアナスタシアの体が小刻みに震え出した。こんなことを考えている場合ではなかった。
グレイスも手を貸そうと歩み寄ってくれたが、どこで休ませたらいいのか決まらない。
(どうしましょう。できることなら、私のお部屋にご案内してお休みいただきたいですが、それは難しいでしょう。となると)
自分の身元が割れてしまうのではという危惧よりも、心配が先に来る。
どうするべきか。
エイヴリルが思いついたのは、アナスタシアに手を貸してエミーリアのところまで連れていくことだった。
(エミーリア殿下はアナスタシア様が療養に来ているとご存じのようでした。それに王妹殿下ならば、腕の確かなお医者様を手配することも可能でしょう)
早々と結論づけたエイヴリルは、「失礼いたします」とアナスタシアに断ると、彼女の手を取り、自分の肩に回した。アナスタシアの体の重心をエイヴリルが預かるような形である。
「⁉︎ エイヴリル様、何を……」
「居心地が悪いかもしれませんが、少し我慢をなさってくださいませ。今、お医者様のところに案内しますから」
「いえ、そんな……申し訳ないわ」
「悪女の名にかけても、必ずエミーリア殿下のところへ送り届けますので、どうぞ安心してください」
にっこりと微笑むと、初めは抵抗していたアナスタシアの体から諦めたように力が抜ける。相当、気分が悪いのだと悟った。グレイスも無言ですっと反対側に入り、手伝ってくれる。
エイヴリルはアリンガム伯爵家にいたころ、力仕事をすることはたくさんあった。さすがにすいすい軽々というわけにはいかないが、アナスタシア一人を運べなくはない。
(エミーリア殿下のお部屋までは少し距離がありますが、大丈夫です)
アナスタシアの体を預かり、グレイスと息をあわせてゆっくりと歩きはじめたところで、すれ違った令嬢が声をかけてきた。
「どうかなさったのでしょうか? どなたか、殿方を呼んでまいりますわ」
天の助け。この王宮に不慣れなエイヴリルに案内されるよりもずっと、この令嬢に助けてもらった方がアナスタシアもありがたいことだろう。
(よかったです)
見ると、声をかけてきた令嬢は、輝くようなブロンドが目を引く、凛とした雰囲気の令嬢だった。手入れがよく行き届いた美しい髪と、何でも見透せそうなほどに透き通った翡翠色の瞳。
どこか、アレクサンドラを思わせる、華やかながらも知的な佇まいに思わず警戒が緩む。
「ありがとうございます。こちらのお方の気分がすぐれないご様子ですので、お医者様に診ていただきたくて」
「そういうことでしたら、父が王宮で働いていますのですぐに手配できると思いますわ。少々お待ちになって。……こちらは、あなたの……お姉様?」
令嬢のエイヴリルとアナスタシアの間を行き来する視線が、エイヴリルの目のあたりでぴたりと止まった。そして、思いがけない「父が王宮で働いている」という言葉に、エイヴリルの悪女のスイッチが入る。
(これはいけません。ごまかさないと)
悪女でいないといけないのと、アナスタシアへの心配とで必死だった。
「姉などではありませんわ。このように、上品で優しく素敵なお方が、まさか私のお姉さまのはずがないでしょう?」
「えっ?」
悪女らしい傲慢さを出してみれば、目の前の令嬢からはつい数秒前までの凛とした雰囲気が消えてしまった。それどころか目をぱちぱちと瞬いているが、エイヴリルは構わずに続ける。
「私はこの方を押し付ける人を探していたのです」
「はぁ?」
「気分が悪そうなので声をおかけしたのですが、どうしたらいいのかわからなくて……タイミングよくあなたが来てくださって本当に助かりましたわ。早く押しつけて、いっ……家に、帰りたいです」
意図せず早く家に帰りたい悪女になってしまったが、何とか勢いで言い切った。けれど、令嬢はますます困惑を深めたようだった。
エイヴリルも、何か様子がおかしいのはわかっている。だが、コリンナ的な悪女と人助けはなかなか両立しないのだ。あまり突っ込まないでほしいし、アナスタシアを早く医師に診てもらいたい。
しばらくエイヴリルの言葉に困惑していた令嬢は、またぱちぱちと数度瞬くと、なぜか試すように言った。
「……それでは、床に寝かせては?」
「⁉︎ そっ……そんなことできるはずがありません! そ、それよりも、早く殿方をお呼びいただけますか? それまでは私が支えますから」
「……わかりましたわ。すぐに呼びますので、お待ちくださいませ」
令嬢は、なぜか見てはいけないものを見てしまったような顔をして、振り返りながら図書館を出て行ったのだった。
確かこのあたりは書籍版で改稿したような……!
WEB版のゆるさもこれはこれでお楽しみいただけるとうれしいです。
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(漫画/轟斗ソラ先生)
とっても素敵なコミカライズなので、まだお読みになったことがない方はこの機会にぜひ……!
エイヴリルとってもかわいいです。




