22.兄と妹の会話
その日の夜。エミーリアは軽い足取りで兄リステアードの私室を訪れた。
今日は悪女のエイヴリル・アリンガムと素晴らしい時間を過ごし、そのうえ名案を思いついたのだ。はしゃがない理由がなかった。
カウチソファに沈み、蒸留酒が入ったグラスを手にこちらを気だるげに見つめた兄に向かい、エミーリアは開口一番、シンプルな願いを口にする。
「お兄様! エイヴリル様の愛人になってくださいな」
「は? お前は何を言っているんだ」
ひどく怪訝そうな顔をされてしまった。けれど、エミーリアに諦める気はない。
「エイヴリル様が我が国の国家試験を受けたいとお考えみたいなの。だから愛人になって差し上げて。大丈夫、お兄様ならきっと一番になれるわ。あの特使のシェラード侯は確かに強敵だけど、お兄様は国王だしその辺りのアドバンテージで何とか上回れると思う」
「どうしてそうなるんだ? 一からわかりやすく説明しろ」
目を見開き、信じられないという顔でこちらを見てくる兄に、エミーリアはため息をつく。
「これは、エイヴリル様をこの国に留めるためでもありますのよ? エイヴリル様が国家試験に興味をお持ち→試験に合格する→うちの国で正式に雇える、もしくは誰にも文句を言わせずに長期滞在が可能、の構図ですの」
「お前の望みに対して筋は通っているが、本当にとんでもない案だな。こんなことを思いつくなんて本当に私の妹か? いや違うだろう」
「私は病弱ですけれど、体が弱い代わりに心は強いのですわ。ほしいものはどんな手段を使ってでも手に入れたいの。ね、お兄様の妹でしょう?」
「ああ理解した。だが諦めろ」
取り付く島もなく顔を引き攣らせるリステアードに、エミーリアは決して引き下がることなく懇願する。
「もちろんエイヴリル様が自力で合格できれば一番いいけれど、どう考えても無理でしょう? それなら、特別枠で合格させて、最終的にエイヴリル様を王妃としてお迎えになればいいと思うのだけれど?」
「どういう理屈でそうなる」
「今さらお聞きになるの? ただの愛です」
今、エミーリアの頭の中には憧れの人をこの国に留めたいという願いしかない。面倒な女なのは自覚しているが、絶対にエイヴリルだってその方が幸せだと思うのだ。
エミーリアは、興奮ぎみにさらに捲し立てる。
「だって、ブランウィル王国のローレンス殿下には正式なご夫人となる方がいらっしゃるのでしょう? エイヴリル様を二番目にするなんて許せないわ。あの特使のように、自分は一番エイヴリル様を大事にしつつ、遊びを容認してくれるような殿方がいいのにうまくいきませんことね」
ため息をつくと、リステアードは遠い目をした。
「それがお前の目的か。どこぞの変な女に懸想する変な妹だと思っていたが、まさかここまでとはな」
「あら、お兄様だってエイヴリル様のことはお嫌いではないでしょう? すべての殿方を翻弄する悪女ですもの。お兄様だって男でしょう? 惹かれないはずがないのですわ」
「お前は本当にな」
エミーリアは外見こそ病弱でかよわい淑やかな令嬢だが、実際の中身は全然違う。押しが強く思い込みが激しく、クセが強かった。
だからこそ、普通の家庭教師とはうまくいかず、隣国からバカンスに訪れている教養ある婦人に一時的な家庭教師を頼み込むことになってしまった。
ちなみに、そのアナスタシアという女性が国に帰ってしまったら、誰が家庭教師になってくれるのかはまだ決まっていない。
その辺の足場の弱さが、先日の謁見の間での『咳き込んだエミーリアを誰も助けられない』事件を招いてしまったところでもある。
「ねっ、エイヴリル様さえOKしてくださるのなら、お兄様の妻としてお迎えになったらいかが?」
度を過ぎたおねだりをはじめた妹に、リステアードはため息をついた。
「……エミーリア。いい機会だから言っておく」
「?」
エミーリアの話を呆れながら否定するばかりだったリステアードは、急に視線を鋭くする。そうして、妹に教え諭すように告げた。
「あのエイヴリルという変な女は、悪女なんかじゃない」
「ええっ? 何をおっしゃいますの? そんなはずは」
「これまでの言動をよく思い返してみろ。どう考えてもおかしいだろう? だが、かと言ってよく訓練された外交官とはどうしても思えない。今のところ、エイヴリル・アリンガムは得体の知れない変な女だ。つまり、あまり親しくなるな」
「……本当にお兄様は何を……だって、あのエイヴリル様ですのよ? そんなはずないでしょう?」
必死に考えた後で眉間に皺を寄せる。すると、リステアードはエミーリアの頭をくしゃくしゃと撫で回してくる。それから、遠い目をした。
「まぁ、俺にもあの女の正体はわからない。単に何も考えていない可能性まである」
「全部、お兄様の推測だわ。エイヴリル様が悪女ではないなんて、私は信じないもの」
応じる自分の声がふわふわと浮いて聞こえる。
エイヴリルは悪女ではないとする兄の考えを否定しながらも、エミーリアもどことなく腑に落ちない気持ちがするのは認めていた。
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