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21.家庭教師を務める女性

 クリスにお願いした調べものの結果は、意外なほどに早く判明した。


 もしかして、ディランがすでに調べていたことなのだろうか、と訝しがるエイヴリルがやってきたのはエミーリアの部屋だった。


 別に、さっきのお茶会で気になった話題があったなどの特別な理由はない。単にもともと呼ばれていたからだ。


「エミーリア殿下」

「エイヴリル様!」


 声をかけると、部屋の中央でコリンナの肖像画を鑑賞していたらしいエミーリアはうれしそうに声を弾ませる。申し訳ないが、気まずいのでカーテンを閉めてほしいと思う。けれど、エミーリアにはエイヴリルの念が通じるはずもない。はしゃいで駆け寄ってくる姿が眩しかった。


「お待ちしておりましたわ。お兄様とシェラード侯がいらっしゃるところでは、女同士の話ができませんもの!」

「そうですね。私も、あまり人が多いと失敗してしまいそうで」

「え?」

「いっ、いえ、何でも」


 うっかり気が緩んで本音が口から滑り出たのを、何とかごまかした。


(ありがたいことに、エミーリア殿下は私をしっかり悪女として肯定してくださっています)


 だからこそ話しやすくて、異国で悪女を演じなければいけないエイヴリルの心の拠り所になりつつあった。


 この部屋の壁一面の『コリンナの肖像画』の前に立つととんでもなく申し訳なく、居心地悪さを感じるものの、カーテンさえ閉めてもらえればこっちのものだ。


 だが、エミーリアにはその意思はないようだ。残念でしかない。


(そして、さっきクリスさんに調べていただいたことについて、エミーリア殿下からもお墨付きをいただけたらいいのですが……!)


 そう思いながら、エイヴリルはコリンナの肖像画から目を逸らし、タイミングを見計らって口をひらく。


「クラウトン王国には伝統的な国家試験があると伺いました」

「まぁ。エイヴリル様はよくご存じですのね! そうですわ、三年に一度の試験がありますのよ」

「今年の規定を読んで、外国人にも受験資格があるというのは把握したのですが……国王陛下は、本当に異国人を合格させるようなお方なのでしょうか」


 エイヴリルの問いに、エミーリアはリステアードと同じガーネットのような瞳を一瞬見開いた。それから、落ち着いて頷く。


「ええ。お兄様は、むしろそのような方をお望みだと思いますわ。ぬきん出て能力が高い方がいらっしゃれば、試験に合格させますし重用もすると思います。異国と関わりを持たない我が国が、国外の優秀な頭脳や知識を手に入れるまたとない機会ですもの」

「……!」


 実はさっき、エイヴリルがクリスに頼んだ調べものというのはクラウトン王国の国家試験に関するものだった。


 受験資格を与えられるのがクラウトン王国の国民に限定されていないということはわかっているが、実際に外国人が合格した例はあったのだろうか。


 それを知りたくて、エイヴリルはクリスに詳細を調べるように依頼したのだった。


 結果、数百年前まで遡ると、何度か異国人が合格したことがあったらしいと判明した。前例があれば、あとはリステアード次第だとわかる。


「歴史ある国家試験ですもの。近年の我が国は、他国との交流をできる限り持たない方向にシフトしていますが、試験の伝統は変えられません」

「なるほど」


 頷くと、突然エミーリアの瞳がきらりと輝いた。


「もしかして、ご質問から推測しますとエイヴリル様は我が国の国家試験を受けるつもりでいらっしゃいます⁉︎」

「いっ、いえ、そんな⁉︎」


 まさかの質問にすっかり気圧されたエイヴリルだが、エミーリアの勢いは収まらない。


「正直に仰ってくださいな! そんな喜ばしいことがあっていいのでしょうか……? まさか、誰のものにもならないはずのエイヴリル・アリンガム様が私の……いえ失礼、我が国のものになると……⁉︎」

「いえ合格するかわかりませんし、そもそもまだ受けると決めたわけでは」


 エイヴリルにも、副賞ほしさに国家試験を受けるなんてとんでもないことだというのはわかっている。


 真面目に試験を受ける人々に対しても、本気で国を良くするために試験を主催する国王に対しても、冒涜に違いないとわかっているから、そんな気軽に決断するわけにはいかないのだ。


 けれど、それをわかっているはずのエミーリアはぐいぐい迫ってくる。


「先ほどのお茶会で、お兄様とシェラード侯のお話を真剣に聞いている姿を拝見して、エイヴリル様には何か素晴らしい才能があるのではと思いましてよ。ぜひ試験を受けましょう? 私からもお願いしますわ」


 エイヴリルが自分の国に永住するのではという希望を前に、エミーリアは目が本気だ。どうしたらいいのか。エイヴリルは苦し紛れに目を泳がせるしかない。


「私がそんな試験に受かるはずがありませんし、そもそも、私はブランウィル王国の王太子ローレンス殿下の愛人です。もし私が試験に合格して戻らなかったら、彼がどんなに悲しむか……!」

「大丈夫ですわ! その場合はうちのお兄様が面倒を見ますから!」


 さらにとんでもない案が出てきてしまった。そして、つい一秒前まで熱っぽく語っていたエミーリアは、スッと悲しそうな表情を浮かべた。


「……お茶会で、お兄様の話をお聞きになったでしょう? 我が国は、何か外部の力によって強制的に変わらないといけないのですわ」


(……エミーリア殿下)


 ちょっとメチャクチャな言い分に言いくるめられている気がしないでもない。だが、伏し目がちに語る姿に、謁見の間でのことを思い出してしまう。


 国王や王族を支えるはずの側近たちが、誰一人として咳き込んだエミーリアに手を貸さなかったことを。けれど、こんな重要なことをディランやローレンスへの相談なしに決断することはできない。


「……少し、お時間をいただけますでしょうか」

「いいえ。私は、エイヴリル様が試験をお受けになると確信していますの。ということで、私の家庭教師の先生をご紹介しますわ! いろいろなことをご存じですし、素敵な方なのですわ」

「⁉︎」


 どうしてそうなるのか。


(私を手伝ってくださる気持ちは伝わりますし、試験を利用することを考えたのは事実です。ですが、さすがに独断で動くわけには……!)


 戸惑いしかないが、エミーリアの勢いの良さには少しだけ親近感を覚えてしまうせいか、はっきりと拒絶できない。ちょうどそこで、エミーリアの部屋の扉が叩かれ、侍女の声がする。


「エミーリア殿下、お待ちいただいていた方をご案内してもよろしいでしょうか」

「ちょうどよかったわ、お願い」


(ええと、お待ちいただいていた方……?)


 これはエミーリアと二人だけでのお茶の時間だと思っていたエイヴリルが驚くと、扉の向こうからは予想だにしなかった人物が現れたのだった。


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