20.兄妹とのお茶会③
(ディラン様が三番目の恋人……ああっ……? あああ!)
腑に落ちた。先日、エミーリアはローレンス、ディラン、クリスの三人をエイヴリルの恋人として理解しているようであることは把握した。
その時点ですでにおかしいのだが、それだけでなく、どうやら順位までおかしくなってしまっているらしい。設定上はローレンスが一番上なのは納得するが、せめてディランは二番目ではないだろうか。
あわあわと目を泳がせるエイヴリルだったが、そこへ落ち着き払ったディランの声が響く。
「……エミーリア殿下」
「はい、何でしょう?」
「事実はどうであれ、私自身はエイヴリル・アリンガムの中で一番の男でいるつもりです。それに、私は彼女以外を心の中に入れたことがありません。あまり手厳しい言葉は、どうかご容赦いただきたい」
穏やかながらも、低く響く声音が中庭の空気を一気に変えていく。と同時に、ディランはエイヴリルに真っ直ぐな視線を送ってくる。
「彼女にも、いつもそう伝えています」
「……!」
完全な不意打ちに、息が止まりそうだ。すっかり外交モードだったはずのエイヴリルはぽかんと口を開けて惚ける。
すかさず、自身も愛人ラインナップに加えられているクリスが小声で「私は三番目ですらありませんね」とディランへフォローを入れた。
そして、ディランからの思わぬ愛の告白に、はしゃいでこの話題をあげたエミーリアまでもが頬を染めている。
「あら……そうでしたのね。悪女は大変なのね」
「……は、はい、そうです」
何とか言葉を返したものの、それ以上が続かない。エイヴリルはすっかり熱を持ってしまった頬を隠すしかないのだ。
(悪女として、三人の恋人がいるという設定はディラン様を傷つけるものだったのに……こんな風にフォローしてくださるなんて……本当にお優しいです……)
ディランの惚気のせいで、中庭は外交の話をするような雰囲気ではなくなってしまった。リステアードもそう思ったのか、ブランデーのグラスに口をつけながらエミーリアを促す。
「今日の茶会はもうお開きだな。エミーリアもそろそろ家庭教師が来る時間だろう?」
「そ、そうでしたわ。エイヴリル様とのお茶会は何よりの楽しみでしたが、兄が無理を言って呼び寄せてくれた家庭教師の先生との時間も大事にしないといけませんわね。私はここで、失礼いたします」
「ああ。アナスタシア先生によろしく伝えておいてくれ」
リステアードの口から出た言葉に、カップを持つディランの手がぴくりと反応したのが見えた。聞き覚えのあるその名前に、思わずエイヴリルもエミーリアを見上げてしまう。
(アナスタシア、ってディラン様のお母様と同じお名前ですね。ブランウィル王国から呼び寄せた家庭教師の先生のお名前……偶然でしょうか?)
その答えを知ることなく、外交からエイヴリルの愛人問題まで話題が多岐に亘ったお茶会は、おしまいになったのだった。
お茶会からの帰り道。エイヴリルはクリスとグレイスとともに与えられた客間へと戻っていた。ディランは他にも用事があるということで不在だ。
(さっきのお茶会は、本当にいろいろなことがありすぎましたね)
愛人が三人いる設定は悪女としてなかなかいい感じだと思っていたが、まさかあんな展開になるとは思っていなかった。ディランが三番目の愛人にしか見えないとは、我ながら夫に対して酷すぎるのではないか。
(今夜、ディラン様のお戻りがどんなに遅くなったとしても、お部屋を訪ねて説明をし、順番について謝罪しましょう)
うんうんと頷いたところで、お茶会の話題の中で、もう一つ気になったことがあるのを思い出す。
(鉱山の再開発に関するリステアード陛下のお話ですが……。この国の保守派を納得させるには、この国の伝統を利用するしかないと言っているように聞こえてしまいました)
そうして、気づく。
「国家試験……!」
昨日、孤児院でリンは言っていた。優秀な人間を雇い上げるために、三年に一度実施される国家試験があると。その試験に首席で合格すると、何でも好きなものがもらえるのだという。
閃いたエイヴリルは、前を先導して歩くクリスに声をかけた。
「クリスさん、調べていただきいことがあるんです」
「ええ、もちろんです」
クリスは、とっくに予想していたかのように微笑んだのだった。




