19.兄妹とのお茶会②
ということで、ものの数分で十個のティーポットが出て来てしまった。テーブルの上がいっぱいで置ききれないどころか、王宮の中庭がティーポットを載せたカートで大渋滞を起こしている。
エイヴリルにとって初めての光景だった。
ちなみに、その向こうでは作り直されたらしいお茶菓子が大量に運ばれてくるのが見える。きっと、この王宮の厨房は一瞬で蜂の巣をつついたような騒ぎになったのだろう。
(こっ、これは……! 入れていただいたからには全部飲まないといけませんね……!)
ティーポットの山と大渋滞を目にしたエイヴリルは心を決めた。震えてはいけない。自分は外交のため、ディランのためにここにいる。うっかりお茶を頼み過ぎてしまったぐらいの失敗、自分で何とかできないといけないのだ。
それに、異国の紅茶がこんなにたくさん飲めるなんて。願ってもない幸運と思えなくもない。そう思えば、腹は決まった。エイヴリルの斜め上の決意のことなどまるで知らないエミーリアが、得意げに「さあ」と両手を広げる。
「気が利かず、申し訳ございませんでした。どうぞお好きなものをお選びくださいませ」
「そうですね、全部飲み干させていただきます」
「ぜっ、ぜんぶ⁉︎」
勧めてきたエミーリアの目が丸くなり、素っ頓狂な悲鳴が聞こえたところで、エイヴリルの焦りを理解したらしいディランが助け舟を出してくれる。
「私にもこの中の三種類をいただけますか。もちろん、彼女が味見をした後のポットで構いませんし、ブランデーはこちら側に」
なぜかリステアードもそれに続く。
「……私にも、そちらの端にあるティーポットから入れてくれ。それと、私もブランデーをもらおう」
空気を読む男が二人。エイヴリルはこれは偶然だと思いつつ、しっかり助けられているので感謝しかなかった。
(偶然とはいえ、リステアード陛下はなんていい人なのでしょうか)
そんなことを思いながら、一杯目のティーカップを口に運ぶ。
「! 不思議なお花の香りがします! 爽やかでおいしいです!」
「そちらの茶葉は、我が国の象徴でもあるグリニー山脈の麓にしか咲かない花の香りをつけたものですわ。国民にとって、特別な紅茶ですの」
「グリニー山脈……! もしかして、花びらの色が青と緑の二色で美しい『レイルフラワー』のことでしょうか?」
「まぁ、エイヴリル様はレイルフラワーをご存じなのですね! 我が国のことはあまり外部では知られていないはずなのに、感動しますわ」
「これが、レイルフラワー! 以前、一度だけ本で見たのを覚えていたんです。あまりに美しくて! きっと、レイルフラワーの花自体もこの紅茶のように美しくて爽やかな香りがするのでしょうね。花言葉は、『誠実な愛』。クラウトン王国にぴったりです」
「もし興味がおありでしたら、香りだけを抽出したアロマオイルを差し上げますわ。この爽やかな香りも我が国の誇りですが、ほかの香りと混ざらない特異な性質がありますのよ」
「まぁ!」
知らない知識に接すると、悪女でもわくわくしてしまう。エイヴリルの目の輝きに、エミーリアもうれしそうだ。
「すぐに持って来させますわ。図書館に行けばレイルフラワーに関する文献がたくさんありましてよ」
エイヴリルとエミーリアの会話に、昼間のお茶会でブランデーの入ったグラスを交わすことになってしまったディランとリステアードが顔を見合わせている。
なぜか、想像していたよりもずっと和やかにお茶会は始まったのだった。
程よく会話が進んだところで、ディランが水を向ける。
「この茶葉の産地であるグリニー山脈と言えば、その一部には莫大な地下資源が眠っているとされています。クラウトン王国ではそれを活用することはお考えにはならないのでしょうか?」
「その話か」
完全に予想していた話題のようだが、意外なことにリステアードは不快さを顔には出さなかった。
もしかしてこの様子なら正攻法でも行けるのでは、とエイヴリルが思いかけたところで、静かに紅茶を飲んでいたエミーリアが続ける。
「お兄様がお考えになっても、この国の重鎮たちがそれを許しませんことよ」
「お前は黙っていろ」
「あら。お聞かせになったらいいじゃないですか。この中庭にはお兄様をよく思わない方々の手のものが潜んでいて、聞き耳を立てていらっしゃるのでしょう? その方々に、お兄様のお考えを聞いていただければ、状況は変わるかもしれませんわ……っ、コホン、コホン」
興奮したせいか、エミーリアはまた咳き込んでしまった。
(エミーリア様……)
その会話からは、二人が普段どれだけこの国で苦労しているのかが伝わってくる。訪問前に調べた知識では、リステアードが王位についたのは二年ほど前のこと。悪政をしいた父王を手にかけての戴冠だったという。
(その父王の在位期間もわずか五年。頻繁に君主が変わっているにもかかわらず、クラウトン王国は特に大きな混乱もなく、国としての体を保っています。特に、リステアード陛下が在位してから国の状況はかなり安定しているようです)
王が変わっても国が安定している理由。それは、外交に積極的ではないことも理由に挙げられるが、一方で国を支える側近たちの力が強いという側面もあるのだろう。クラウトン王国に到着した日の謁見の間での空気が、やっと本当の意味で腑に落ちた気がした。
咳き込んでしまったエミーリアの背を、リステアードが優しく撫でて介抱している。すぐにエイヴリルも背中をさすろうと立ち上がったのだが、それよりも早くリステアードが立ち上がったのだ。
エイヴリルを警戒しているわけではないのに、妹には誰にも触れさせないとでもいうような素早い行動に、思わず目を瞠ってしまった。
(父王を手にかけたというリステアード陛下ですが、エミーリア様とのやりとりを見ていると全然怖くないですね。本当に優しいお兄様にしか見えません)
そんなことを考えていると、エミーリアの咳が収まったことを確認したリステアードは、気まずそうに軽く咳払いをして席に着き、ディランへと向き直った。
「――今エミーリアが言ったことは事実だ。即位してまもなく二年、現状の私は傀儡のようなものだ。だが、そろそろ足場固めも終わると考えている。ブランヴィル王国からの使節団を受け入れたのはその意思の表明のつもりだ」
「では、近いうちに何か大きな改革をするつもりでいると。そういうことでしょうか?」
「これから、臣下主導で進められてきたこの国の政治を、段階を踏んであるべき姿に戻していく。そもそも、この国の王位が頻繁に入れ替わっているのは、王族が主導権を握れていないからだ。逆らう準備はしてきた」
まるで試すようなリステアードの視線にも、ディランが怯むことはなかった。
「私どもの行動は全て、我が国の王太子ローレンスの指示によるものです。リステアード陛下は彼のことをよく知っているはず。つまり、鉱山の再開発を進め、我が国に採掘権の一部を貸与いただきたい」
「無理だな。貸与が可能だったとしても、国内の反対勢力を説得するのは容易ではないし、そもそもその労力を払うなら他の改革を進める。……自力で何とかするんだな」
意味深な声音で交わされる二人の応酬を、エイヴリルはただ見つめて聞いているだけである。けれど、二人と対等な立場の王妹はそうではなかった。
「もう。お兄様ったら、そんなことを言って」
エミーリアがくすくすと笑いながら、楽しそうに割り込む。
「ブランヴィル王国との外交は、今後の我が国にとってなくてはならないものだって言っていたじゃない。だからこそ、今ブランヴィル王国からお忍びで我が国に静養に訪れているご婦人を、私の家庭教師にしてくださっているのでしょう?」
「エミーリア」
「はぁい。ごめんなさい、お兄様」
リステアードに睨まれてエミーリアは口を尖らせ黙ったが、とても重要な情報を聞いてしまったエイヴリルとディランは目を見合わせる。
(やはり、リステアード陛下はブランヴィル王国との関係を深めたがっているということですよね。しかも、国内の反発を招くのをわかっていて家庭教師を呼び寄せるほどに、重視していると)
空気を察したリステアードは、気を取り直すように深く息を吐く。それから、にやりと表情を歪めた。
「貴殿はグリニー山脈に眠る地下資源を何とかしてこいという目的で送り出されたと言っていたな。だが、それはとっくに王太子ローレンスに否の返事を送ってある。今の状況では、どんなに交渉しても無駄だ。せいぜい、うちの国でバカンスを満喫して帰るんだな」
「お兄様! エイヴリル様がたに何てことをおっしゃるの⁉︎」
「いや、今俺が牽制したのはこの特使のほうだが」
「一緒ですわ! だって、シェラード侯はエイヴリル様の三番目の恋人ですもの」
「「「⁉︎」」」
(ん……っ⁉︎)
真面目な話をしていたはずなのに、いきなり飛び出した爆弾発言にエミーリア以外の三人は固まった。





