17.電報
孤児院を出て、王都リスソンの城に戻ったディランは、すぐに電報を打つつもりでいた。相手は、兄貴分であり自分の主でもあるローレンスである。
(リンの話から推測すると、ローレンスは悪女のふりをさせることだけを目的に、エイヴリルをクラウトン王国へ派遣したのではないはずだ)
クリスはエイヴリルのもとに残してきたので、一人で城の階段を駆け上がる。電信室に到着すると、通信士が驚いた様子だった。
「――あなたは。ちょうどよかった。今まさに、ブランヴィル王国のローレンス王太子殿下からあなた様宛のメッセージを受け取ったところです」
「私宛てに?」
まさかと思い、通信士から渡された紙にあわてて目を通す。そこに書かれていたのは。
『コッカシケン ケントウヲ イノル』
(……やられた)
真っ先に思い浮かんだのは、それだった。
この依頼の詳細を聞きに王宮へ出向いたとき、ローレンスは確かに「私がサプライズ好きなことは知っているだろう? 絶対に大丈夫だし、お前たちにしかこなせない依頼だ。ぜひ行ってくるといい」と言っていた。
その時点でもっと強く疑うべきだったのだ。
だが、ローレンスからディランへの依頼は、無茶振りと言えるものも多い。最近では、仮面舞踏会への潜入を依頼されたことがあった。だから、今回もその類だと思い込んでいた。迂闊だった。
(まさか、訪問のメインとなる目的を明かさないまま送り込まれていたとはな)
あまりの不意打ちに、紙を持つ手に力が入る。
ただ、怒りをあらわにしたものの、ローレンスには敵わないこともわかっていた。あらゆることを考慮したうえで、この方法を選んだのだろう。
気持ちを落ち着かせたディランは、ゆっくりと思考を働かせる。
(しかしローレンスはエイヴリルに国家試験を受けさせて、何をしたいんだ? クラウトン王国の事情に首を突っ込むことが目的のはずがない)
「国家試験……」
思わず声に出して呟くと、目の前の通信士が興味を持ったようだった。ディランの部屋まで電報を届けるという仕事がなくなり、暇なのだろう。興味津々に聞いてくる。
「特使様は我が国の国家試験をお受けになるのでしょうか?」
「いや、まさかそのようなことは」
首を振れば、通信士は意味深な言い方をした。
「もし使節団の中に頭脳に自信がある方がいらっしゃいましたら、試しに受けてみてもいいかもしれませんね」
「どうかな。この国で働きたい者がいれば、我が国のローレンス殿下経由で推薦してもいいかもしれないが。まさか国家試験を受けられるはずがないだろう?」
冗談と思ったので軽口で応じれば、通信士の男はニヤリと笑った。
「そうじゃないんですよ。うちの国の国家試験は、優秀な人間を登用することに特化していて、異国人でも受けることができる。そして、首席で合格するとおまけがついてくるんです。私がおすすめしたいのは、このおまけで」
「おまけ?」
思わぬ言葉に聞き返すと、通信士は得意げに微笑んだ。
「首席で合格すると、国王から望みのものを一つ下賜されるのです」
「……は?」
急に疑問の答えが降ってきて、間の抜けた返答になってしまった。けれど、暇だったところにディランの興味を引くことができてうれしいらしい通信士は饒舌になる。
「さすがに『玉座を渡せ』『気に入らない人間を殺せ』『都市をまるごと寄越せ』系は聞き入れられることがありませんが、他のことは大体叶うようです。過去には、褒美だけを受け取って国外に逃亡した者もいたようです。使節団といいますと、精鋭揃いなのでしょう? 頭脳に自信がある方がいましたら、おすすめですよ」
その瞬間に、ディランの脳裏にはエイヴリルの特技のことが思い浮かんだ。
――彼女なら、首席で合格する可能性は十分にあるだろう。
(そういうことか……)
思わず頭を抱えそうになってしまった。だが、もう遅いのはわかりきっていた。ローレンスのことだ。新国王が即位してからずっと、クラウトン王国の資源に関与することを目的に動いてきたのだろう。
その上で、最後に出た結論がこれだというのなら、やるしかない。そして、危険がないという確信もあるのだろう。この辺への信頼がそれなりにあるのも、複雑な気持ちになる。
(エイヴリルは……喜んで試験を受けるだろうな……)
孤児院でリンと無邪気に笑っていた妻の顔が思い浮かんで、遠い目になった。気持ちを落ち着かせるために息を吐く。
(だが、ブランヴィル王国でも文官を登用する国家試験はあるが、並大抵の努力では受からない。この国だって同じはずだ)
おそらく、首位はアカデミーを優秀な成績で卒業した上に、昼夜問わず研鑽を積み重ねた者同士での争いになるのだろう。
そう考えると、いくらとんでもない特技を持つエイヴリルでも、首席を逃す可能性は十分にあった。しかも、ここは初めて訪問した異国なのだ。知らない学問だってたくさんあることだろう。
ため息をついて目を閉じると、難しい任務も元気いっぱいに進んでこなしそうな妻の、緊張感に欠ける笑みが浮かんだ。
(ローレンスは、エイヴリルが首席で合格すると信じて疑っていない。何より、首席で合格できなければこの訪問は失敗ということになる)
リンの話を聞いて自分がすぐここへやってきたように、エイヴリルだってローレンスの意図に気がついたはずだ。そうなれば、この訪問を成功させると張り切っている彼女が、試験を受けないはずがない。
げんなりと項垂れるディランの脳内では、エイヴリルがほわわんと笑っている。
(……エイヴリルに負担をかけることはしたくないな)
彼女の能力とあまりにも釣り合わない癒し系の性格を思う。
他の作戦への変更を模索することも含め、妻を守ろうと誓うのだった。
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