表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能才女は悪女になりたい~義妹の身代わりで嫁いだ令嬢、公爵様の溺愛に気づかない~(WEB版)  作者: 一分咲
四章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

178/264

16.孤児院で

 それから数日後のこと。エイヴリルはヴィクトリア号の中で仲良くなった少女、リンに会うため、クラウトン王国の王都近郊にある孤児院を訪問していた。


 今回の訪問の目的は視察ということになっているため、ディランも一緒である。修道院の敷地内に併設された石造りの孤児院は、外壁を蔦が覆い、隣接した森から運ばれてくる清々しい風が吹いていた。


 周辺には、猛々しい山脈と静かな湖。自然に恵まれた国ならではの環境の中、広く設けられた中庭で、数十人の子どもたちが賑やかに走り回っている。


 一通り視察が終わったところで、自由時間が設けられた。そこでエイヴリルはチャンスとばかりにリンの姿を探し、声をかけたのだった。


『リンさん、元気にしていましたか?』

『うん! エイヴリルも変わらなそうだね。ディラン様も』

『ああ。ヴィクトリア号の後処理で出会ったとき以来か。随分顔色がいいな。不自由なく暮らしているようでよかった』


 あくまで、エイヴリルとは仕事上の関係で来ている、と念押しするディランに、なんとなく状況を把握したらしいリンがうんうんと頷く。


『まぁね。でも、今日は二人が来てくれてよかったな。私が話す言葉、ちょっと特別みたいで、普段はあんまり皆と話せないんだよね。もちろん皆の言葉は少しずつ覚えてるけど、細かいとこが伝わんないっていうか。今日は思う存分話せていいね』


『リンさんがお話しになる言葉は、クラウトン王国の少数民族の言語ですもんね。祭祀などで使われることがあるため、上流階級の家の出の方は学ぶことがありますが、普段はほとんど話されることがないと聞きました』

「……エイヴリル」


 ディランが小声で言葉を挟んだので視線の先を追う。見ると、近くにクラウトン王国側の人間がいた。こちらの様子を見張っているようである。


 設定上の悪女を演じなければいけないエイヴリルは、慌てて咳払いをした。そうして、ディランに向けて居丈高に告げる。


「ええっ……と、シェラード侯。この女の子は何を言っているのかしら?」

「彼女は、自分が話す言葉は珍しいものだと説明をしています」

「なるほど。……言葉より気持ちですわ。リンさんの、皆とお話したいという気持ちはきっと皆さんに伝わっているはずです。すぐに仲良くなれますから元気を出してください」


 ディランにリンへのアドバイスを訳してくれ、と迫ると、リンは必要ないという風にけらけら笑う。


『よくわかんないけど、エイヴリルが悪女にしては妙なこと言ってるのはわかるよ。なんかやっぱり面白いね、エイヴリルって』

「……」


 ディランからなんとも言えない目配せをされて、もうこれ以上しゃべるのはやめておこうと思った。ということで、中庭を見守る位置にある木陰のベンチから、子どもたちが遊んでいる光景を見守ることにする。


 子どもは、好きだ。


 本当は元気いっぱいの皆やリンと一緒に遊びたいが、今日の視察に同行しているクラウトン王国側の人間に見られたら、悪女として格好がつかないだろう。


(ここは我慢ですね)


 遊びに交ざれず、少し残念な気持ちになりながら中庭を眺めていると、ぽつりとリンが教えてくれた。


『あの子たち、みんなこの辺で保護された子たちなんだって。クラウトン王国には国中にこんな感じの孤児院があって、どこも定員いっぱい、カツカツなんだってさ』


 お口にチャックを決めこんだエイヴリルが目をぱちぱちさせる代わりに、ディランが応じる。


『国王が変わる少し前から、クラウトン王国は観光業を抑える方向に入っていたからな。仕事が減って豊かになる国などない。貧しい子供も増えているんだろうな』

『だから、私たちはこの暮らしを抜けるために勉強してるんだよ』


『勉強は、読み書きに計算の類か?』

『ううん』


 ディランの問いに、リンは誇らしげに笑い、続ける。


『それだけじゃないの。この国の歴史とか、偉い人の考え方とか、星のことや、地形のこと、国を豊かにする? ちょっと難しい話なんだけど、そういう方法なんかを勉強してるの! 覚えることがたくさんあって大変なんだ』

「……リン。君がいう勉強のその先に何がある?」


 ディランは、リンの勉強の内容に違和感を持ったようだ。そしてエイヴリルも同じ類の疑問を感じていた。


(リンさんの世代の子がお勉強するには、少し難しい内容のような……将来、国家を動かすことになる貴族令息が学ぶ内容に近い気がします)


 けれど、リンはエイヴリルたちが感じ取っている違和感のことはわからないようで、楽しそうに教えてくれる。


『たくさん勉強をした私たちは国家試験を受けるの。それは、貴族以外から優秀な人を登用するための試験で、受かれば王宮に出仕してお金持ちになれるんだって』


(――!)


 夢のような内容に、思わず息を呑んでしまう。けれど、ディランの反応はエイヴリルとは違うものだった。穏やかな、子どもに対する優しい笑みを浮かべたまま、確認する。


『リンも将来その試験を受けるんだな?』

『もちろん! いい成績をとって、絶対に文官になる。そしたら、二人に会いにいくね』

『ああ、楽しみにしているよ』


『いつ受けられるのかわかんないんだけど……今年は新国王になってからはじめての試験の年で、もうすぐ……そう、二ヶ月後に試験があるんだって』


(――二ヶ月後?)


 二人の会話には相槌を打つだけに留め、リンの話す言葉がわからないと見せかけていたエイヴリルは、あら? と止まった。引き続き、リンは無邪気に教えてくれる。


『もうすぐ出願の締切で、年上の子たちはみんな書類を準備してるんだ。その後予備試験、二ヶ月後に本試験、本試験から一週間後に合格者が発表されるんだよ』


 思わず隣のディランを見上げた。


(……私たちの滞在は、ローレンス殿下の手配により当初から三ヶ月間と決まっていました。あまりにも長く家を空けないといけないことに驚いたのですが……この滞在に試験の日程がまるっと含まれているのは、偶然でしょうか?)


 ディランも真剣に考え込んでいる様子だったが、それはわずかな間のことで、すぐに立ち上がった。


「急用ができた。ローレンスに連絡を取る必要があり先に王宮へ戻る。エイヴリルのところにはクリスを置いていく。気が済むまでリンと過ごすといい」

「ディ、ディラン様……⁉︎」


 珍しく慌てた様子のディランは、見張っている人間たちに見せつけるようにしてエイヴリルに恭しく挨拶をすると、足早に孤児院を去って行ったのだった。




 ディランが去った中庭で、リンはベンチから立ち上がると「そろそろ戻らなきゃ」とスカートの土埃を叩いている。そうして、言った。


『さっきの話。ええと、――勉強して役人に登用してもらえるってやつの続きね? 実は、試験に合格したいのは孤児院を出て立派に自立したいからだけじゃないんだ』

『何か他にも理由があるのですね?』


 小声で問いを返すと、リンは頬を染めて頷いた。


『試験に首席で合格すると、ご褒美にほしいものが何でももらえるんだよ。家でも土地でも、本当に何でもね』

『まぁ!』


『……私は、この孤児院にすごく感謝してるんだ。だけど、まだまだ家がない子はたくさんいるし、もっと国中の孤児院が豊かになるようにしてもらえたらいいなって。そのために頑張ってる』

『リンさんは、とっても大人で素敵な考えをお持ちなのですね』


 初めて会ったときにのリンの姿を思い出す。リンは、船の中で監禁されて体調を崩したクラリッサのため、助けを呼ぼうと一等デッキにやってきたのだ。


 危険を顧みずに年上の友人を救おうとした勇気は特に素晴らしいと思ったが、やはりそれはリンの生来の資質らしい。感動していると、リンはへらりと笑った。


『まぁ、でも私、勉強苦手なんだよね。首席で合格なんて、百年かかっても無理かも』

『志があるのは素晴らしいことです。きっと叶います!』


『そうかなぁ』

『はい! 私もリンさんのことを応援していますから!』


 ぐっと拳を握れば、リンはへらっと緩んだ表情を、はにかんだ笑みに変えた。


『ランチェスター公爵家でお仕事もしてみたかったけど、自分の国で成功できたら最高だよね? だから、頑張ってみる』


(リンさんも目標を持って頑張っていらっしゃいます。私も、しっかりこの訪問の目的を果たせるようにがんばりましょう……!)


 数ヶ月前に会ったよりもずっと大人びたリンの横顔に、エイヴリルは心からの賛辞を送ったのだった。


今日、カドコミとニコニコ漫画さんでコミカライズ14話-1が更新されています。

エイヴリルの悪女ムーブが素晴らしいのでぜひみてください……!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ