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無能才女は悪女になりたい~義妹の身代わりで嫁いだ令嬢、公爵様の溺愛に気づかない~(WEB版)  作者: 一分咲
四章

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14.王妹エミーリアからの招待③

 しっかり悪女の働きをしなければいけないエイヴリルは、あまりのエミーリアの勢いに困惑を極めていた。


 けれど、悪女エイヴリル像を自分の中で完璧に作り上げているらしいエミーリアは全然気がついてくれない。


「このお部屋の宝石や美術品をご覧くださいませ。ここにあるのは、全部お持ち帰りいただけるものですわ! お好きなものを! むしろ全部! どうぞ!」

「そんなことを仰られても……!」


 思わず、心の声が口からそのまま出た。エイヴリルが理解し許容できる範囲を完全に超えられてしまったのだから、仕方がないとは思う。さすが、王妹でありお姫様である。


「エミーリア殿下、貢ぐタイプの方みたいですね」


 心の声を露出させたきりもはや何も言えないエイヴリルだったが、クリスがさらりと間に入り、代わりに辞退を伝えてくれる。


「我が使節団の代表、ディラン・シェラード侯はこちらのエイヴリル様に対して、今回の滞在中に金銀財宝を集めることや殿方から貢がれることを禁止しております。悪女のせいで、両国間の関係に亀裂が生じては大変ですから」

「あら、それは。悪女も大変ですのね」


 自分自身でもわけがわからないほどかなり入り組んだ状況なのだが、エミーリアはすんなり受け入れてくれるらしい。


 なぜか、エイヴリルの脳裏にはアレクサンドラとの初対面のことが蘇った。


(アレクサンドラ様も、『ディラン様は悪女好きで女性に対する好みがおかしい、だから愛されるために悪女になりたいのだ』という説明を信じてくださいましたね……)


 王族や上位貴族の令嬢は、他人への思いやりや理解が深いために、どんなことでもあっさり受け入れられるのだろうか。そうに違いない。感心してしまう。


 アレクサンドラとエミーリアの共通点を思い出し、自分なりに納得したエイヴリルは、並べられた高価な品々に向き合った。


「それに、ここにある品々はどれも、エミーリア様のために造られたり贈られたりしたものですよね。軽く拝見しただけですが、国宝級の品もあるようにお見受けします」

「ええ。さすがエイヴリル様ですわ。お目が高い」


「これだけの品々です。ですから、勝手に手放すことは、エミーリア殿下のためによくないと存じます」

「……えっ?」


 エミーリアは目を丸くしている。


 エイヴリルが断るのは完全に想定外だったのか、相当に驚いたようで、言葉を失ったまま考え込んでしまった。一方のエイヴリルの懸念はこうだ。


(余計なお世話かもしれませんが、こういった価値のある美術品を安易に外国へ流出させることは国民の目に良く映りません。それに、悪女のエイヴリルが貢がせるとしたらお美しい王妹殿下ではなくお金持ちの貴族令息ですから、ここは辞退するべきです。後日、あの重鎮にしか見えない文官さんからいただきましょう)


 そして、今日、自分がここに招かれたのがこの贈り物のためなのだとしたら、そろそろ退出するべきだろう。


 エミーリアは、ヴィクトリア号で起きたことを知っている。これ以上長居し、自分がコリンナではないと知られてしまったら大変なことになってしまうからだ。


「私はとんでもない悪女ですが、美術品は本当の意味で価値がわかる人のところにあるべきです。私が好きなのはお金ですので、辞退させていただきます。アロイスさんからいただきますわ」


 丁重に断りの文句を述べると、考え込んでいたエミーリアの燃えるような瞳に光が戻った。


「……ヴィクトリア号と……昨日の謁見の間での振る舞い、そして今日の美術品に関するお考え。全てを踏まえて、私はエイヴリル様のことをはじめて理解できた気がします……!」

「???」


 ちょっと待ってほしい。嫌な予感しかしなくて、クリスに視線で助けを求めてみた。なぜか頷いてくる。『一人目の籠絡、完了ですね!』とでも言うように親指を立てて褒めるのはやめてほしい。


「エミーリア殿下、何か誤解があるようですが、普段の私はもっと強欲でして、行く先々でさまざまなトラブルを起こしているのです。ヴィクトリア号の件も、我慢ができず余計に首を突っ込んだ結果で」


 ヴィクトリア号の件は大体本当なので、すらすらと口から出てくる。けれど、エミーリアには伝わらない。


「正義感に満ちた悪女なのですのね。あちらは仮の姿。わかりましたわ」


 エミーリアが『あちら』と言いながら視線で示したのは、壁一面のコリンナの肖像画である。仮の姿すぎて、大正解だ。何から何まで合っていて、悪女のはずのエイヴリルはすっかり丸裸だった。


(ど、どうしましょう)


 がっくりと項垂れたエイヴリルだったが、そんなことはまるで気にしない様子のエミーリアが聞いてくる。


「それで、エイヴリル様は、ローレンス殿下の愛人でいらっしゃるのですよね。ですが、もしかして使節団代表のシェラード侯爵と、護衛をしていらっしゃる方も恋人なのですか? そのほかにもまだ恋人が⁉︎ 憧れますわ」


 後半は同じ部屋にいるクリスに気を使ったのか、小声だった。


(そんなところだけ、悪女なのですね⁉︎)


 どうやら、エミーリアの中でのエイヴリルは『正義感に満ちていて、人助けが好きだが、恋人は複数いる悪女」ということになったらしい。


「そんなこと、あります……?」

「なかなか味のある設定ですね」


 クリスに相槌を打たれて、自分は考えたことをそのまま口にしていたことに気がついた。ハッと口を押さえたが、もう遅い。内緒話のように見えたらしく、エミーリアは興味津々だ。


「やはりそういうことなのですね!」

「ええ……ええ、まぁそうですね。その通りです。ローレンス殿下も、ディラン様も、クリス様も、みんな私の恋人です。こ、恋人!」


 この言葉を言っているのは自分のはずなのに、言っている側から意味がわからない。顔が真っ赤になって、全身の毛穴から汗が噴き出しそうだ。


 とにかく、エミーリアに悪女の方向性として大きな誤解をされてしまったエイヴリルは、放心状態のままトボトボと部屋に戻ったのだった。


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