6.予定外です
王城に入るとすぐ、ディランが謁見の間に呼ばれた。
着替える間もなく呼び出しを受けたディランだったが、全く動じる様子がなく、準備をしている。
「新しい国王陛下はずいぶんせっかちなようだ。外交儀礼を気にしないタイプか」
「確かにその通りですね。ブランウィル王国だけでなく、クラウトン王国でも使節団全員を招待するお茶会が先に組まれるのが普通です。いきなり、それも代表者一人だけを公式な場所に招くなんて珍しいです」
外交にはそこまで明るくないエイヴリルは、この訪問のためにいろいろなことを学んだ。その中の一つ、外国を使節団が訪問する場合の行事の流れを思い出すと、今回のことがどれだけ異例なのかわかる。
(ローレンス殿下が幼少期に交流を持ち、そして今も手を焼くという新しい国王陛下……。やはり一筋縄では行かなそうです)
となると、悪女としては先手を打つ必要があった。こういうとき、義妹のコリンナならどうするのか。選択はただひとつである。
「ディラン様、では私も一緒に行きたいです」
「は?」
呆気に取られているディランを横目に、エイヴリルは澄まして続ける。
「私は悪女です。空気を読まずにどんな場所でもご一緒してご迷惑をかけます……と言いたいところなのですが」
「が?」
ディランではなく、なぜか、背後で聞いていたクリスが先を促した。
「やはり、国王陛下の人となりを知る前に行動に移すのは危ない気がしますので、今は一緒に行かず、ここで見守ります……」
「それがいい。どうかそうしてくれ」
無駄にハラハラさせられたディランが安堵の息を吐くのとほぼ同時に、コンコンと控えの間の扉が叩かれた。
「はい」
「ブランウィル王国のディラン・シェラード侯爵閣下にお目通り願いたい」
グレイスが応対する先に顔を覗かせたのは、クラウトン王国の文官だった。
くすんだブロンドに、灰色に濁った瞳。年齢は前公爵と同じぐらいだろうか。眉間に深い皺が刻まれていて気難しい印象を受けるほか、背筋がスッと伸びていて威厳を感じられる。
(わざわざこの方がいらっしゃったのでしょうか?)
国家中枢の重鎮にも思えるほど、厳めしい男が直接尋ねてきたことにエイヴリルは首を傾げた。
普通、このポジションは中堅の文官が担当することが多いはずだ。いくら正式な使節団への案内とはいえ、少しおかしくはないだろうか。
違和感に包まれている前で、男は恭しく礼をする。
「到着したばかりのところに申し訳ありません。国王陛下がお待ちですのでお迎えに上がりました」
「……ああ。すぐに」
エイヴリルと同じ疑問を持っているらしいディランが、自然に応じつつわずかに眼光を鋭くしたのがわかった。その瞬間、重鎮にしか見えない文官はとんでもないことを口にした。
「国王陛下はそちらのお連れの方もご一緒にと仰せです」
(……えっ? そちらのお連れの方と言いますと、私ですね?)
予想外の事態にぱちぱちと瞬いていると、ディランが間に入った。
「いえ。クラウトン王国の国王陛下から謁見の間に招待を受けたのは、私だけのはずだ。連れはこちらで待機を」
「国王陛下からのお召しですから」
「だが」
「ぜひ、今すぐにお目にかかりたいとの仰せです」
ディランが辞退したが、文官は驚くほど頑なだ。笑顔を浮かべているものの、全く引き下がる気配がない。穏やかに視線を合わされ、促すように手を差し出されてしまったエイヴリルは固まるしかなかった。
悪女としてクラウトン王国の国王の心を掴むという大役を担っていることはわかっている。
が、ついさっきまでディランたちと話していたように、到着早々に悪女全開で迷惑をかけるのは少し違いやしないだろうか。
(ここは、ディラン様の判断を……!)
そっと隣に視線を送れば、ディランは数秒考えた後で頷く。
「わかった。彼女も同席させよう」
「ではご案内します」
(ご一緒することに問題はありませんが……こんなに急に呼び出されるなんて、何か特別な目的でもあるのでしょうか?)
不安そうなグレイスと真意の見えないクリスの微笑みに見送られ、エイヴリルはひさしぶりに心の中の悪女スイッチを入れる。
そうして、控えの間を出たのだった。
次回の更新は来週の水曜日、9/11です。
8/16に発売したコミックス2巻、たくさんのかたにお読みいただいているそうです……!
コミカライズのいちファンとして私もうれしいです。
本当に素敵で楽しい漫画にしていただいていますので、まだお読みになっていなかたはぜひ……!




