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無能才女は悪女になりたい~義妹の身代わりで嫁いだ令嬢、公爵様の溺愛に気づかない~(WEB版)  作者: 一分咲
三章

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51.大切なティアラ

 その日の夜会はとても賑やかで楽しいものになった。エイヴリルは、ディランと踊った後にクリスや使用人たちとも順番にダンスを楽しんだ。


 ちなみにクリスはディラン並みにリードが上手く、しかもちょっと煽ってくるのでエイヴリルもついつい先生とのダンスレッスンを思い出してヒートアップしそうになってしまった。


 だから、グレイスが楽団に声をかけて曲をスローダウンさせてくれたのは助かった。今日は競技会ではないのだから、髪を振り乱して踊る必要はないのだ。


 しかし、夜会の終わりにクリスは「またダンスの先生をお呼びしましょうか?」と言ってくれ、つい受けて立ちそうになったのは秘密である。


 また、ダンスの風景を見た使用人たちの間では『仮面舞踏会を荒らす悪女エイヴリル』の噂はあながち間違いではなかったのでは? という囁きも聞こえていた。


 もちろん、皆ひどく首を傾げていたけれど。


 久しぶりの華やかで幸せに包まれた夜。エイヴリルが、ランチェスター公爵家の本邸を支える人々に受け入れられた日。


 ディランはそれを上機嫌で楽しそうに眺めていたのだった。





 王都のタウンハウスに戻ったエイヴリルを待っていたのは、見たことがないジュエリーボックスだった。


「これは……?」


 帰宅早々、着替えも終わらないうちにそれを見つけて目を丸くしたエイヴリルに、メイドが教えてくれる。


「こちらはご不在中、ディラン様の母方のご実家よりエイヴリル様宛に届けられたものです」

「……ディラン様のお母様のご実家から……?」

「聞いていないな」


 予想外の届け物に驚いているのはディランも同じことのようだった。ジュエリーボックスを持ち繁々と眺めている。


「とっても素敵な箱ですね。一体何が入っているのでしょうか?」


 白い陶器でできた足つきのジュエリーボックスには華やかな飾りがふんだんにあしらわれている。まるで、これ自体がジュエリーそのもののような存在感だ。


 エイヴリルはディランからジュエリーボックスを受け取ると、蓋を開けてみた。


「ディラン様、これ……!」


 そこにあったのは、銀色に輝くティアラだった。プラチナの土台に大小数多のダイヤモンドが輝きを放っている。間違いなく、家宝として受け継がれるレベルの貴重なティアラである。


(ディラン様の母方のご実家から、ということはディラン様のお母様からの贈り物ということでしょうか? でも突然どうして)


 エイヴリルはもちろんとんでもなく驚いたのだが、ディランもまた固まっていた。そうしてぽつりとつぶやくのが聞こえる。


「……両親の結婚写真で見た覚えがある。母が自分の結婚式の日に身につけていたものだ」

「! そんなに大切なものなのですか⁉︎」


 そんなティアラがどうして自分のところに。心当たりが全くなくて戸惑うばかりだが、ティアラには小さな手紙が添えられていた。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 ディランの大切な人へ 結婚おめでとう これはあなたに

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「ディラン様、これ……もしかしてマートルの街からお送りした写真を見てこのティアラを贈ってくださったのではないでしょうか」

「あの写真を見て、俺が結婚するのだとわかってくれたのだろうか? 俺が大人になったことにも気がついていないと思っていたんだが……」


 手紙は文字がところどころ震えている箇所もある。誰かに代筆させたのではないと一目でわかるものだ。感動する様子のディランを見ていると、エイヴリルまで感情が昂ってくる。


「この……ディラン様のお母様のティアラを、私が身につけてもよいのでしょうか……?」


 思わず声が震えてしまった。すると、ディランは答えずグレイスに声をかける。


「頼む」

「はい、ディラン様」


 グレイスは手袋をはめるとすぐにやってきた。そうして、エイヴリルの頭の上にティアラを載せてくれた。ずっしりと重いそれは、とんでもなく存在感がある。


 鏡に映る自分の頭に載せられたティアラはこの世のものとは思えないほどに美しく、思わず見惚れてしまいそうだ。


(こんなにすぐに母方の侯爵家から届けられたことを考えると、きっとこのティアラは倉庫の奥で埃を被っていたわけではなく、すぐに取り出せる場所に大切に保管されていたのでしょう。悲しい思い出がありながらも、ディラン様のお母様がずっと大切にしてこられたティアラなのです)


 そう思うと、胸が震えて言葉がこぼれた。


「……きっと、お送りした写真で私が着たドレスとよく合ったことでしょうね」

「だろうな。もしかして、そう思って贈ってくれたのかもしれない」

「ええ」


(クラリッサさんにドレスをお譲りしたことは後悔していません。ですが、少しだけ残念ではあります)


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