43.悪女にとっての誤解
一体どういうことなのだ。想定外すぎる展開に驚いたエイヴリルはあわてて止めに入る。
「ぜ、前公爵様、よくお考えになってください。あの、エイヴリル・アリンガムですよ? 私は殿方の言いなりにならず、むしろ家を乗っ取ろうとするような悪女ですわ? 人を困らせますし、無駄遣いはしますし、前公爵様の愛人も逃がします。購入する価値はないと思います……!」
「帳簿を読み解き、国王陛下への嘆願書を代筆し、報告書を作成できる。何より、あらゆる情報を記憶して整理できるのなら、この金額でも安い方だ」
「……!」
思いもよらない言葉が返ってきて、エイヴリルは息を呑んだ。
(そういえば、ディラン様は前公爵様の人間性についてはひどく批判していますが、能力についてはお認めになっていたように思えます)
すると、背後のシエンナも意を決したように口をひらく。
「エイヴリル様は人間性も素晴らしいですわ」
「シ、シエンナさん!?」
「使用人が理不尽な叱責を受けていると助けてくれるだけではなく、私どもの行動をよくご覧になっていて驚くような場所を褒めてくださいます。これからの公爵家にはなくてはならない人格者です。悪女なんかでは決して」
その言葉に前公爵がしっかりと頷いたのを見て、エイヴリルは絶望する。
(シエンナさん! やっぱり誤解を解いておくべきでした……!)
あの日のことに限ってはもはや何が誤解なのかわからないが、とにかく今エイヴリルはものすごくピンチだった。このままでは、自分は高額で買われて犯罪組織にランチェスター公爵家から多額の資金が渡ってしまう。
それを元手にして、組織はまた更なる悪事を働くのだろう。けれど、そんなこと断じてあってはいけないのだ。
「あの、考え直しませんか? わかりました、ではもう少しお値段を高くしましょう。そこのあなた、この紙を書き換えて金額を釣り上げるのです。こちらのお客様は私が安すぎるとおっしゃっていますから」
「おまえ……こんな場面でちっとも動じていないなんて信じられないほどの悪女だな。確かに、もう少し額を上げてもいいかもしれない」
「ですです。どうせなら0をもうひとつ増やしましょう」
リズムよく答えて請求書の額をもう一度書き直させる。それを見た前公爵は心底不思議そうに眉間に皺を寄せてしまった。
「おい……おまえ、ディランのことが好きなんじゃなかったのか? ディランの元に帰りたくはないのか?」
「……あの」
(それはそうです。今すぐディラン様に会いたいです。でも、船の中に戻ったとしてもディラン様が必ず助けてくださいますから)
心の中で答えたが、それ以上は何も言えない。そして、今の問いは前公爵が自分を助けるために金を支払おうとしているようにも思えて、目を瞬く。
(不思議です。私は嫌われているはずですし、前公爵様もディラン様にあまりいい感情をお持ちでないような気がしていました。ですがこんなことがあるのでしょうか……?)
意味深な会話をするエイヴリルと前公爵に、取引役の男が怪訝そうにする。
「何だ? もしかしてお前はこの方と知り合いなのか?」
「! いいえ、決してそんなことは」
自分がランチェスター公爵家の人間だと知られれば、この後動きにくくなってしまうし、下手をすればここで殺される可能性もある。
あわてて否定したところで、ギイと倉庫の扉が開いて閉まる音がした。
遅れて入ってきたのは一人の男だ。
コツンコツンと足音が響く。彼は特徴的な赤みがかったブロンドをさらさらと揺らし、商人独特の調子のいい声音で話しかけてくる。
「これは、ブランドン・ランチェスター様。本日は特別な取引にお越しいただきありがとうございます。今日の商品は、偶然手に入れた特別な悪女だとか。私もまだ商品を見ていないのですが、現場の人間たちは上物だと大興奮で」
(この方は、トマス・エッガーさんですね)
仮面舞踏会では大丈夫だったが、昨夜のパーティーではしっかり顔を見られてしまったことが気にかかる。しかもあのとき、トマスはエイヴリルたちを見つけて一直線に話しかけてきたのだ。何らかの疑念を持っていたに違いなかった。
(昨夜は何とか誤魔化せましたが、二度目はないでしょう。そして、私の顔は石炭で薄汚れていますが、顔立ちを欺けるほどに真っ黒なわけではありません)
そう思えば緊張が高まる。トマスの足音がエイヴリルの隣で止まった。そうして、顔を覗き込まれた。
「! お前は――」
やっぱりバレてしまった、そう思ったとき、また倉庫の扉が開いた。
今度は閉まらずにそのまま開け放たれていく。
天井や壁の隙間から光が差し込むばかりだった倉庫が明るさに満ちていく。
「トマス・エッガーだな。麻薬取引を主導し、人身売買にも関わった疑いで身柄を拘束させてもらう」
(この声は! よかったです、助かりました……!)





