41.本当の目的は(前半ディラン視点)
一方、ディランたちもヴィクトリア号の着岸を確認し、動きが慌ただしくなっていた。
「二等船室エリアにこの鍵で開く隠し部屋があるそうだ。調べろ。ただし慎重に行え。こちらの態勢が整うまでは絶対に突入するな」
「承知いたしました」
ディランが側近たちと話をしている中、部屋の中央の椅子に縛り付けられたテレーザとウォーレスは不満そうな顔をしながら椅子ごと台車に乗せられて運び出されていく。外で逮捕するためだ。
それと入れ替わりで部屋に戻ってきたクリスが険しい表情で告げてくる。
「ディラン様。コイルの街にあるランチェスター公爵家が定宿にしているホテルで妙な動きがあったようです」
「なんだ?」
「そのホテルを今夜の宿泊先として押さえておいたのですが、偶然、昨夜から前公爵様がお泊まりになっていたようです。まぁそれはいいとして、問題はここからです。前公爵様へこのヴィクトリア号から電報が送られ、前公爵様はそれを受けて港にやってくるという知らせが」
「何だと? その電報の内容は?」
「これから港で愛人の売買が行われるのだと。そして商品として挙げられていたのは“最高の悪女”だと」
「……どういうことだ?」
慌ただしく動いていたディランは固まった。エイヴリルの捜索は時間との勝負だと思いつつ、頭の中はきちんと整理されているはずだった。けれど、俄かに冷静さが失われていく。
どうしても見つからないエイヴリル。そして『悪女を売る』という電報。どう考えても、それはエイヴリルのことに違いなかった。
ディランはそのまま勢いで部屋を出て、ついてきたクリスに歩きながら伝える。
「船を下り地面に足をおろした瞬間から、この国の法律が適用される。港で待機している人間に伝えろ。下船する乗客のチェックを細かく行い不審な者がいたら取り押さえるようにと。ローレンス殿下からの遣いに事情を説明し終えたら俺も行く」
「御意」
(トマス・エッガーが本気で隠そうとしていたのは麻薬じゃない。こっちだったのか……!)
◇
一方、箱に入ったエイヴリルは台車で運ばれていた。
一応は静かにしている。
もちろん、運ばれながら騒げば前公爵との取引の場へ辿り着くまでもなく、誰かに助けてもらえるかもしれないというのは考えた。
しかしあの犯罪者の集団が銃を扱い、また箱の中からは外が見えないことを考えると、下手に動かないほうがいいだろうという結論に達した。思ったことをそのまま言葉にしがちなエイヴリルだが、必死に口を閉じる。
ところで、台車は凸凹のある道を走っているようだ。もしかして、地上におりて石畳の道でも走っているのだろうか。ゴンゴンゴンと頭や肩が箱の中のあちこちにぶつかって痛い。
(痛いですね! このままだと、顔が打撲だらけになって腫れて誰なのかわからなくなるかもしれません! ただでさえ顔が煤けていますし)
キャシーたちはエイヴリルが捕らえた女性の髪型を整えただけで『商品の価値が上がる』と大喜びしていた。ならば、この運搬用の箱の中ももっと居心地良くしてくれてもいいのでは?
そんなことを考えるエイヴリルを乗せた台車は、車輪の音を響かせて止まった。箱の中にいても、さっきまでの場所と明らかに雰囲気が違うのが伝わってくる。
風の音がしないし音が不自然に響く。どうやら外から屋内に入ったようだ。真っ暗だった木箱の蓋が開けられて、光が差し込む。
その眩しさに目を眇め、何も見えなくなってしまったエイヴリルの耳に届いたのは覚えのある声だった。
「……黒いな」
それはそうだと思う。




