25.見栄を張ります
(でも、私がこれまでの人生でいつも動じることなく悲観的にならずに済んできたのは、境遇のせいもあったのでしょう。いつだって、今日よりも明日の方に希望が持てましたから。……ですが、ディラン様のもとに絶対に戻りたいと思うようになると、また違うのかもしれませんね)
そんなことを考えていると、キャシーが老婆のところまでいき、興奮したようにエイヴリルについて説明してくれた。
「この子、本当に有名な悪女なのよ。簡単に売ったらもったいないわ? 遊びなれた王都の仮面舞踏会でもウォーレスを冷たくあしらっていたし、こう見えて教養だってあるのよ。チェスが得意だったわ。今もあの異国の子どもと会話していたし」
(これ以上、悪女としてのハードルを上げるのはやめてほしいです……!)
しかしこれでわかった。コリンナの元カレにあたるウォーレスもこの件には一枚噛んでいて、しかも船に乗っているらしい。
今回の一連の依頼について把握したエイヴリルだったが、キャシーと老婆はそんなことは知る由もない。威圧するように告げてくる。
「私たちはね、ここでこの女たちの管理を任されているのよ。でも、あなたは売り飛ばすにはもったいないのよね。だって、娼館に売るにしても相応のところじゃないと」
「しかしキャシーが言う通りこっち側だってのも頷けるねえ。危ない遊びが好きなんなら、いい客が見つかるまでの間、仲間にしてやってもいいんだけどね。何も知らないで遊んでいるあの子みたいに」
(あの子、とはどなたのことでしょうか?)
もしかしてテレーザのことでは、とエイヴリルが首を傾げかけたところで、クラリッサの背中を撫でていたリンが立ち上がった。
『ねえ、クラリッサを外に出してあげてよ! つらそうでかわいそうだよ。代わりにこの人を連れてきたんだから、もういいでしょう? 異国の言葉だって話せるし、十分クラリッサの代わりになるよ!』
『リンさん。私をここに連れてきたのは、クラリッサさんの代わりを連れてきたらクラリッサさんを自由にすると言われたからですか?』
『ううん。別に実際に言われたわけじゃないよ。だって私の言葉を誰もわからないんだもの。ただ、毎日ここにいる人数を数えてるから、数が大事なのかなって。クラリッサの代わりがいればいいんだって思ったの』
(なるほど)
リンは勘違いをしているようだが、キャシーたちはここに隠している女性が逃げ出したりしないように毎日人数を数えて管理しているということだろう。
「キャシー様。私の代わりにクラリッサさんを解放してはいただけないでしょうか」
「え? 嫌よ。全員顔を見られているんだもの、遠い異国に売り飛ばすほかないわ。あなたもしばらくは売らないけど、いい相手が見つかったら売り飛ばされるわよ」
予想通りの答えを受け取ったエイヴリルはにっこりと微笑んだ。譲歩を引き出すためには、無理めなお願いを先にするのがいい。もちろん、それでクラリッサが解放されるに越したことはないのだが、目的はほかにある。
「かしこまりました。では――私の元カレ、のウォーレスさんがどこにいるかだけ教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「なんでよ?」
ただ知っている全員の配置を把握したいだけだったが、そんなことを馬鹿正直に言うわけにはいかない。
けれど幸いここでのエイヴリルは有名な悪女のようだ。ならば、悪女っぽく答えれば大体のことは叶うのだろう。ということで、エイヴリルは怒ってみせた。
「私は、こんな楽しそうな計画に誘ってくださらなかったことに怒っているんです」
「は?」
キャシーの大きな目がぱちりと見開かれ、ぽかんと口が開いた。けれどエイヴリルは気にしない。
「私はずっと豪華客船に乗ってみたかったのです。こうして一人で乗船してしまうぐらいに!」
「……は?」
「さっきのウェルカムパーティーは素敵でした。皆さん、犯罪行為を働きながらこんなに楽しそうな毎日を送っているだなんて、聞いていないです。うらやましすぎます」
キャシーはあきらかに目を瞬いているが、悪女な義理の妹のコリンナなら、本気でこういうことを言うと思う。だてにあの実家で十八年は過ごしていないのだ。しあげに、エイヴリルは老婆の持っている杖をビシッと指さして続けた。
「ウォーレスさんにお会いしたら、そこのご婦人の杖を借りてひっぱたいてさしあげます。仲間はずれにした罰です」
エイヴリルは本当になんの含意もなくストレートな意味で言ったのだが、エイヴリルが夜遊び火遊び好きな悪女だと誤解しているらしい老婆とキャシーは顔をひきつらせた。
「……なんか大変みたいね。わかった、言っておくわ。ウォーレスは客を探すために二等船室のパーティーに行ってるけど、特別な遊びを強要されたくなかったら絶対に戻るなって」
「???」
最後の方がいまいち理解できなかったが、必要な情報は聞き出せたのでよしとしたい。
「……でもあなた、本当に想像以上、噂通りの悪女なのね。ますます高く売れそうだわ。だけどあなたの価値を心底理解して、莫大な代金を払ってくれる遊び人……一体どこにいるのかしら。探させないと」
今の会話で自分の悪女としての価値がどうして上がったのか、エイヴリルにはいまいちわからない。けれど、これだけはわかる。キャシーのおかげで、ここの悪女ヒエラルキーのなかでかなり上位になってしまったようだということが。
(ですが、ディラン様が助けに来てくださるまで無事に過ごすには、理想通りの悪女だと思われ続けることが重要なようですから。これでいいのです!)




