23.姿を消したお嬢様、はじめまして
エイヴリルはリンを庇うようにして前に出る。
「この子はキャシー様から物を投げられると言っています。キャシー様はモラルの欠けた悪女のようですね。どういうことでしょうか」
「は? モラル? 悪女に? だって騒ぐんだもの、仕方ないじゃないの。ここにいる女たちは皆異国の娼館や物好きな貴族に売られるのよ? バレないようにして隠れて運んでいるのに、騒がれたらたまったもんじゃないわ」
「ここにいる女たち、って?」
「ふふん。こっちよ」
その瞬間、キャシーが案内するように道を開け進んだ。それに着いていくと、見えたのは空き部屋に閉じ込められた見知らぬ女性たちの姿だった。
(これは――、)
おそらくリンが最年少だろうとは思うが、10代から20代に見える女性が不安そうにこちらを見ていた。
皆、町娘なのだろう。うずくまり膝を抱える者、体調が悪いのか横になったままの者、泣き腫らした目で慰められている者、さまざまだ。
人身売買、という言葉がエイヴリルの脳裏に浮かんだ。この国ではとうの昔に奴隷制度は廃止され、もし反した場合は重い罪が待っている。けれど犯罪者には関係ない。
(麻薬の取引は重罪ですが、人身売買はそれ以上に重い罪になり、場合によっては死刑になることもあります。トマス・エッガーさんが隠したかったのはまさにこれではないのでしょうか……!)
仮面舞踏会に潜入した日、トマス・エッガーが掴んだ情報――『不正入札』に関わる情報を容易に渡してきたのがずっと不思議だったのだ。
あのときは、単身では乗り込めずエイヴリルたちに託したのかもしれないと思ったが、しっくりこない点も多かった。
(もしかして、不正入札に関する情報は私たちを誘き寄せるための餌だったのではないでしょうか。偶然にも、麻薬取引に関する情報を手に入れて脱走に成功しましたが)
ちなみに、あの日脱走できたのは、エイヴリルがピッキングにハマっていたことがあったのと、悪女が活躍する推理小説にハマっていたのと、館内地図をただ一度だけ見て丸暗記したからだ。
いろんなありがたい偶然が重なって無事に脱出できたが、普通ではそうは行かなかったことだろう。
(私たちは、知らぬ間にトマスさんに仕掛けられた罠を突破していたのかもしれません)
キャシーにトマスのことを聞きたいが、身の安全を考えるとまだ事件の全容に気がついていないふりをした方が良さそうだ。そうして、もう一つあることに思い至る。
(そういえば、初めてご挨拶した日に前公爵様の愛人のルーシーさんが仰っていました。港町は治安が良くないから、一人では出歩かないようにと。女性が街でさらわれて行方不明になる事件が頻発しているということではないでしょうか。そして、その方々の行き先は……)
エイヴリルが呆然と立ち尽くしていると、何かを見つけたらしいリンが勢いよく床に寝ている一人の女性に飛びついた。
『クラリッサ! 目が覚めてる! クラリッサの代わりを連れてきたよ! これでここから出してもらえるよ』
「……リンちゃん……? どこに行っていたの……? いないから……心配……したわ」
(……クラリッサさん?)
聞き覚えのある名前に目を瞬く。エイヴリルが視線を移したそこには、クリーム色のドレスを着た儚げな令嬢がいたのだった。




